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滑稽な光のその先に

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恐ろしい悪夢を見たと思った。
叫び声を上げて跳び起きて、じっとりとした汗の感じと荒い息の音を聞いた。
一人部屋の自分の真っ暗な部屋で彼は、夢の中の出来事を思い出して思わず涙した。
つたう頬は蒸気し、だが顔は急速に冷えていった。
熱い、けれど寒い。
先程の夢を思い出し、吐き気を覚えた彼はベッドから立ち上がると急いでトイレまで走った。

「うぐぇええ」

夕食を全て吐き出し、憔悴し切った彼はゆっくりとベッドに戻ると、顔を手で覆って溜息に似た絶望を吐き出した。
酷かった。
酷過ぎて、震えが走る。
怖かった?いいや、違う。

これは動揺だ。

真実だったらどうすればいい。
これが、もし、本当なら。
そんな不安にも歓喜とも区別のつかない感情のまま彼は眠ることなど出来ず、そのままベッドに横たわり、眠れない夜を過ごした。

(嘘だよな、円堂…)

目をつぶり、今は無き友を思った。
またらしくない涙が彼の頬をつたってベッドを濡らした。











滑稽な光の



--------------------------------------------------------------------------------

      先に











染岡竜吾は優しい男だった。
その見た目と短気な性格さえも彼の長所の一つのようで、人から好かれ、たよりにされる兄貴肌の持ち主。
勝ち気な正確はむしろ慣れれば心強く、後輩からの信頼も厚かった。
用心深かったがその分一度信じるととことん相手を信じたし、それに答える努力も怠らない。
けれど観察力に欠けた所があった。
彼は気付かなかった。
変わりゆく日常の日々を。
大切なものが失われていく、その事実を。


「酷い顔だな…何かあったのか?」

朝一番に誰よりも早く学校に着いた染岡が一人グラウンドでストレッチをしていると、朝の霧に隠れて姿を現した一之瀬が、ボールを転がして彼に聞いた。
そのボールを受け取ると、染岡は軽く右足で蹴り返した。

「おう、ちょっと眠れなくてな」
「…そうか」

彼のそれが紛れもなく真実であることは顔を見れば一目寮全だったし、何よりここ数カ月をぐっすりと眠れた人間などこの雷門イレブンにはいないだろう。
経験のある一之瀬は溜息をつくと、ボールを再び彼に預けて部室へと走って行った。

「俺も着替えてくるよ」
「土門はどうした?」
「すぐ来る」

また朝霧の中一人残された染岡は、一之瀬の駆ける音が小さくなっていくのを聞きながら、ストレッチを再開する。
強くなることは必然で、義務だった。
強くならねばならなかったし、逃げることはもう許されなかった。
こんな気持ちだったのだろうかと、彼はよく今はいない友を思いながらいつも考える。
自分がエイリア石の力によって支配されていた頃、円堂たち仲間はこんな絶望的な気持ちで自分たちにのぞんでいたのだろうか。

「おーい、染岡!」

またぽんと弾んだボールを後頭部からくらった。
この声はと振り向いた先には予想を裏切らず、土門の姿。

「お前も早いな」
「染岡こそ。一之瀬だけだと思ってたから驚いたって…お前、その顔、酷いな」

顔を覗き込まれて染岡は疲れたような苦笑いを浮かべた。

「眠れなかっただけだ」
「そのことだけどね」

がつんと一発後ろに痛みと衝撃が走る。

「ぅッガぁ!」

前のめりに上半身を崩すと勢いよく振り返り、ボールを蹴った張本人を睨みつけた。

「何!すんだ!」

今度は一之瀬から後頭部にボールをくらう。

「反射神経を鍛えることも上達の一歩だよ」
「今のは反射神経関係ないだろ!」
「どちらかといえば勘では?」

頬をかいてフォローする土門もこれには苦笑いを浮かべた。
食ってかかる染岡に一之瀬は悪びれる様子もなく至極真面目に向きなおった。

「眠れなかったって話だけど」
「あ?まあな」
「夢見なかった?」
「な!」

鋭い指摘に染岡は驚き、一之瀬をまじまじと見つめる。

「やっぱり、見たんだろ?」
「なんで…見たって思うんだ?」

一人意味のわからない土門は側で首を捻り二人を見つめていた。
染岡の汗が額をつたい、彼の動揺をわかりやすく告げていたが、それにあえて一之瀬は触れずに自分のことを指さした。

「俺も見たんだ、夢」
「お前もか!?」
「ああ」

今朝見た夢を思い出し、気分の悪くなる思いを押し止めて染岡は一之瀬の瞳を見た。
自分と違い、不安や恐怖に駆られているわけではない。
自分とは違う夢のことなのだろうか。

「どんな、夢だった?」

一呼吸置いて、一之瀬は答えた。

「悲しい、夢だったよ」

伏せられた瞼が僅かに光った。
それを見て、染岡は同じ夢を見たのだと確信した。
何の話をしているのか分からない土門が、我慢出来ずに二人に催促する。

「なあ二人は一体何の夢の話をしてんだ?」

一之瀬は土門の戸惑いの表情を見ながら、決別に近い表情を浮かべて言った。


「泣いている夢だ」
「誰が?」
「彼が」
「彼?」

一之瀬の代わりに染岡が後を続ける。



「円堂だよ」


悲しさを滲ませて。
苦しそうに。





霧も晴れて暖かい朝の陽ざしが直に降り注いできた。

「円、堂が…?」


絞り出された声に、一之瀬が涙ぐむ。


「泣いてるんだずっと…でもそれを俺は見ているのに何もしてやれない。どうして円堂が泣いているのかもわからないんだ」

染岡がもの鬱気にかぶりを降った。

「俺の夢も同じだ…円堂が泣いていて、でも何もしてやれない。俺はそこから動くことも出来なかった」

不思議な現象に土門が唸った。
同じ夢を二人が見た。
これは何かの暗示なのか。
それともただの偶然なのか。

「円堂だけだったのか?」
「え?」
「だから、他の人間はいなかったのかったこと。ほら、えっと」

そこで言葉を濁し、口ごもる土門に一之瀬は力無く笑った。

「いいや、誰も」

意味するところは知っている。
けれど彼らはきっと円堂についていったのだと誰もが言わなくともわかっていた。

何も言わずにいなくなって。
会えたと思ったら別人のようだった。
サッカーバカのあの笑顔は消え失せ、全てを否定し見下すあの冷たい瞳。

「俺たちは連れて行ってもらえなかったんだな…」

染岡のその言葉に一之瀬と土門はハッとした。
太陽に照らされ青みを帯びてきた空を見上げてぽつりと染岡は言う。

「円堂にならついて行ったのにな」

孤独を感じさせるようだった。
寂しいと青空に吐いて、その吐いた息諸共染岡は空を見上げた顔で受け止めていた。
自分はそれを望んでいて、けれど望んではいけないと分かっていても、考えずにはいられない。
自分たちもきっとついて行っただろうにと。
たとえそれがあの闇へ堕ちることだと分かっていても。
ここに残されるくらいなら、共に行っただろうにと。


「染岡」


ガツンと顔面にボールがのめり込んだ。

「おい、一之瀬!」
「違うだろ」
「え?」

一之瀬のボールをこんな至近距離で顔面にくらい、赤くなった顔を手で覆いながら、染岡が聞き返す。

「違うだろ!そうだけど…違うだろ!」
作品名:滑稽な光のその先に 作家名:林願グ