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岐路の街

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何もない街だった。

夜行バスに乗るか、ローカル線をいくつか乗り継いでJRに乗り換えれば都心へ出られたけれど、金のない餓鬼がそう頻繁に出ていける程安くねぇから、俺たちはよちよち歩きの洟垂れの餓鬼の頃からバイク転がして走り回るようになるまでずっとこの街から出ることもせず、だからこの街を知り尽くしていたし、縄張りであって、どこでも自分の庭だと我が物顔で走り回っていたし、そうやって自己主張してこの街の所有権を争って、この街の全てを手に入れた王者のような調子の良い気分でいたが、今にして思えば、やっぱり、この街には何もなかった。


昔からある農村を高度経済成長に任せて開拓した歴史の浅いベッドタウンには、同じ年頃の大人が集まり同じ環境で同じ頃に同じように餓鬼を作って、そうしてまっさらな場所から同じ歴史を作りだしたせいか、皆どこか顔つきや雰囲気の似ている人間ばかりが揃った。JRの路線が通るようになったせいで駅前はいくらか発展したが、それでも俺の住んでたような住宅街はまだまだ車なしでは生活できないような何もない田舎で、新しくできたショッピングモールやファミレスや流行から少し遅れた機種の揃うゲーセンへ出歩く位がステータスだった。

――――ただ、ジーン・ヴィンセントのポスターが貼られた自分の部屋からは、海が見えた。



海は海でも湘南みたいなイカス海ならよかった。
サザンやブレッド&バターや湘爆に出てくるような海ならよかった。
そこまで洒落てなくとも、せめて泳げるような海、魚介類が豊富な海、ローカル番組で特集されるような地元の人間だけが知っている輝く海なんてものならよかったが、実際は火山灰のように灰色に濡れたべちゃべちゃとした砂とその砂と同じ色の濡れたネズミのような色の海が漂い、汚い海岸に汚らしい色をした海草やら空き缶やプラスチックゴミを届けるだけの海であって、ロクに魚も取れなければ娯楽に飢えた若者がひと夏の輝きを求めて飛び込むような爽やかさも持っていない、ぐずぐずとした生臭いだけの海だった。

海の近くの街、という言葉の持っているあらゆる爽やかさや輝き、ポジティブなニュアンスを全て排除した海と山に包囲され出口も変化も驚きも成功もない地方都市で、家の仕事を継いで一生を時間に任せるがままにこの地で過ごし、この一瞬だけの若さやエネルギーを浪費させる事を若いヤツは皆どこかで怖れていた。

俺たちはあの街で、若さとエネルギーを持て余していた。



殴った殴られたなんてのは当たり前だった。
警察にパクられた事だってある。うちのメンバーじゃない地区のヤツらにボコボコにされてる所へ駆けつけて保護してくれた警官が俺に理由を問いただして「自分を大事にしろ」だとか「しっかりした将来を掴め」だとか言ってるのを鼻で笑いながら、内心でお前みてぇなつまんねー大人になるか、なんて見下して、「いつか俺はでけぇ事をする男だから」なんて周りに話しては仲間がどっと笑ったり、後輩が「尾栗先輩ならまじでけぇ事しそぉ」なんて言うのを見て得意になっていたりした。



だけどふいに全てが空しくなった。

それは、それまで頭やってた先輩がなんだかんだで地元の工場に就職したのを聞いたときだった。
俺はその先輩に憧れてたし、可愛がられてたと思うし、先輩みたいな男になりてぇ、と思っていたのに女に子供が出来たとか言ってさっさとチーム抜けて親戚のコネで工場に就職して、作業服着て、油に塗れて一日機械触ってるだなんて聞いてショックだった。更に腹の大きくなった女と並んで、だっせぇセーター着てスーパーを歩いているのを見て、俺の人生の先を垣間見たような気になった。立ち尽くした俺に気づいた先輩がにかっと照れた顔で笑って俺に嫁さん紹介して、あと半年もすりゃ俺も父親なんだよ、なんて言った時、乱暴な言葉が込み上げた。


―――なんだよ、そんなもんなんスか。結局は家族作って落ち着いちまうんですか。どうすンだよ。あいつらまたこの辺走り出してんスよ。俺らなんて相手になんねぇ、とかふざけた事抜かしてんスよ?マジむかつきません?やっぱ先輩なしじゃ困るんスよ。そんな所帯じみた先輩サイテーっスよ、本当の先輩じゃないっス・・・そう言ってやろうと思った。でもその言葉が胸まで込み上げたとき、その言葉の安っぽさに自分でうんざりした。ぺこっと頭下げて俺は黙って走り去った。何かがすっかり変わってしまったと思った。


自分がそれまで信じていた言葉が、価値が、途端に安っぽくなった。
このちっぽけでシケた街ででっかい事して名を上げてやろうと思っていたのに、俺のやってきたことはちっぽけを象徴するような事だった。俺と先輩とどっちがデカイ男かははっきりしていた。チームの名前だとか、ちっぽけな旗を守って、ただ実際はぎゃんぎゃん騒ぎながら相手殴りながらバイク転がすだけの毎日を送るだけの俺と、一日働いて働いて働いて、家族を守って、父親になる先輩。そんなの、どっちがでけぇか一目瞭然だった。ただの大人を見てる時は気づかなかったが、尊敬している先輩を通してようやく「父親」なんていうものがすげぇもんだと悟った。俺が一番馬鹿にしていた大人だった。

俺は、惨めだった。




自衛官という職業を知ったのはテレビでだった。
深夜になんとなくつけた番組で海自と、そこを目指す幹部候補生の特集をやっていた。
海辺の街で、一応そこそこにはシケた漁業もやってるせいか近所に海保があるのは知ってたし、高校出たら海保に進む先輩も多かったから海保についてはちょっとは知っていた。でも自衛官についての知識なんてさっぱりだった。ただテレビの中で、俺の持ってる最高のマシーンだと思っていた国産バイクの改造車と比べるのも馬鹿馬鹿しいほど立派でデカいマシーンを完璧に操ったり、相手に有無を言わせねぇ程の迫力で声を上げたり、世界中を飛び回って人間を助けるのもチーム内でも自分でも思う程情に熱い俺にはグッと来た。何より「国を守ってる」なんてのが最高にシビレた。これこそ男だと思った。


―――――でっかい事がしたい。すっげぇ、でっかい事がしたい。でかくて、カッコいい事がしたい。



目の前に道が現れた瞬間だった。
灰色にぐずぐずと濡れ、寂れた街を若さとエネルギーを持て余し、行き場も目的も計画もなく走り回っていた俺に、道が見えた。鈍い雲の切れ目から光が差しこんだようだと思った。



ひと悶着あったが先輩のお陰でリンチされる事もなく比較的穏やかにチームを離脱し、俺は勉強を始めた。
作品名:岐路の街 作家名:山田