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岐路の街

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地元の馬鹿校と名高い高校でことさら馬鹿だと思われていた俺だったがやってみりゃ勉強なんてモンもできるようで、海自の幹部目指すなんて言い出した俺を疑い、渋っていた教師もやがて協力的になってどんどん情報をくれるようになった。教師なんてどいつもこいつもクズで話すことなんてない相手だと思っていたが、話が通じるようになれば教師との付き合いも悪いもんじゃないと思ったし、進路指導の鬼教師がその厳つい顔をほころばせて「今日は娘の誕生日だから居残りしてくれるなよ」なんて言ってくるのを「早く帰ってやれよ、とーちゃんだろ」なんてさらっと返すような気持ちのあり方もなかなか気分の良いもんだった。全て敵で、クズだと思って、何の根拠もなくでかい男になった気でいた頃より、何故か呼吸が楽になった。


余裕ができた。



「お前のことだから一般大学なんて行けば気が変わるといかんから、さっさと自衛隊の組織に入れてもらえ」、という進路指導の鬼教師の薦めで大卒からの幹部候補生でなく、防大から海自の幹部を目指す気になって、悪運強い俺は上手いこと試験を突破して防大にもぐりこめる事になった。――――いよいよでっけぇ事ができる!単純な俺は飛び上がった。万事うまく行く!俺はいよいよでっかい男になる。そう感じた。





「尾栗、今のお前まじシケてんな。糞つまんねぇぞ」


だが浮かれていた俺の表情を曇らせたのは、親友だと思っていたヤツの言葉だった。
夏。じっとりとした熱気に眠れず家を飛び出してぶらぶらと近所を歩いていた深夜、自販機の前に止まったでけぇ改造バイクに見覚えがあると思ったら、バイクにもたれてタバコを吸っていたヤツからの言葉だった。そいつは幼稚園からの付き合いだったが、実家の商売の手伝いを時々するし勉強も嫌いだからと高校にも進学せずに相変わらずバイクだけを乗り回し、俺とよく先輩のケツ持ちをして警察から逃げ回った悪友であり親友だった。チームを抜けてからはそうロクに顔を合わせる事もなかったが、それでもコイツだけは俺を理解していると思っていた。そんなヤツからの一言に、俺は呆気に取られた。

ぽかん、とする俺にそいつが次々に今の俺がいかにくだらなくて、サイテーで、負け犬かを話していたが、そんな言葉は頭によく入ってこなかった。ただそいつの目を見たとき、―――あぁ、俺は、こんな目で先輩を見たんだろう、とスーパーで先輩と先輩の嫁さんを見たときのことを思い出した。俺が先輩に言おうとした言葉で俺を責めるそいつが、俺に見えた。

ああ、俺は、俺たちは、なんて切羽詰ったような切実な子供の目をしているんだろう、と思った。



「俺、春になったらこの街を出て神奈川に行くんだ」
「は?おまえそれマジで言ってんの?」
「神奈川にある大学で自衛官になる勉強して、訓練するんだ」
「ふざけんなよ。つうか俺らンチームはもうどうでも良いって事かよ?旗守るんじゃなかったのかよ?」
「俺が・・・」

そいつの目に、芯に訴えかけるようなものが見えたような気がして、俺はそれ以上を言えなかった。
『俺が守りたいのはあんなちっぽけな旗じゃない。もっとでけぇモンが守りたい。』・・・そんな事、旗を守る、ただそれしか知らず与えられず、それだけを守って生きてきたコイツに言える筈もなかった。そんな事、コイツの今の全てを否定する言葉だと知っていた。そしてそれはそいつ自身も察していると分かった。哀願されているような気分だった。

「とにかく、出発の日がはっきり分かったら電話するから、見送りくらい来てくれよ」

そいつは黙っていた。
俺ももう何も言わなかった。



旅立つ日を伝えようとそいつの家に電話したが、あいつは出なかった。
ただお袋さんが「康平くん自衛官になるんだって?偉いねぇ、頑張ってねぇ」と昔と何も変わらない口調で、バイクでなく自転車を乗り回していた頃の俺に言うようなおっとりとした口調でそう言ったもんだから妙に安心してしまって、大丈夫、何も変わらない、俺たちは、あの頃から何も変わらない、とすっかり安心して、俺は受話器を降ろした。だから結局あいつが駅に顔を出してくれなかった時も、それでも、まぁ多少喧嘩みてぇな事になっちまったけど、地元に帰ればまたお互い分かり合えるだろ、と安心していた。







坊大での生活も馴染み始めた頃、寮に手紙が届いた。
差出人はあの先輩だった。俺のお袋に聞いてここに手紙を書いてきてくれたらしい。


――――その手紙には、あいつが死んだことが書かれてあった。
地元ヤクザの薬の売人の手伝いをして警察に捕まり、中等少年院に入れられ、そこを脱走した時に車に轢かれて死んだ、と。



あの夜、あいつの目が訴えていた事が俺にはようやく分かった。
でもそれはもうどうしようもない事だった。じんわりと汗が滲むような蒸し暑い夏の夜、妙に明るい自販機の前で途方に暮れながらタバコを吸っていたあいつの姿が脳裏に浮かび上がり、浮かび上がったと思ったらもう離れなかった。







それから防大から江田島に移った俺は、洋介や雅行と出会った。

育ってきた環境も、価値観も、性格も、俺たち三人みなバラバラだったが妙に気が合った。そして初めからそうだったように、俺たちは三人になった。あの頃の馬鹿な俺が漠然と「でっけぇこと」と思ってた仕事はなかなかにハードなもんだったがそれが驚くほどしっくりときた。怒鳴られて怒鳴られて殴られて、それでも俺は我武者羅だった。洋介や雅行と肩を並べて歩く自分が好きだった。そういう生き方をしている自分が誇らしかった。妙な気分だ。あの頃に感じていた「誇らしさ」じゃない、誇らしさだった。




「みらい」に乗り込む前、親に顔を見せろ、と頼まれてあの街に帰った。
駅前に全国チェーンの居酒屋が出来てたとか、バイパス近くにボーリング場ができたとか、よく屯した喫茶店が潰れたとか、些細な変化はあったけれど、やっぱりあの街は、時代に取り残されたように頂点だった頃の面影を抱いたまま、淀んだ海の傍でひっそりとしていた。何にもないが、それでもなんでもある街だと思っていたそこは、記憶が高い密度で溢れすぎていて眩暈がする街だった。


俺とあいつとを岐路に立たせた街は、それでも記憶の中の街ほど汚くも悲愴でもなく、鈍色の重たく生臭い海と共にキラキラと穏やかに光っていた。








作品名:岐路の街 作家名:山田