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アーケイズムの花

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inside man










狭くていつも薄暗い室内、それが齢18になるギルベルトの部屋だ。
でも家具は愚か、着る物や食べるものも碌になく、生活感が余り感じられないこの部屋を、
自室だと言っていいのかはわからない。
だがこの部屋で、みてくれだけは立派なこの広い屋敷の主人の愛息子(もとい馬鹿息子)に
ストレス発散のサンドバックとして殴られ続け、気をやってそのままここで寝て過ごすのだから、
ココは俺の部屋で間違ってはいないのだろう


その部屋に、もはや彼の日課となった暴力行為の音が今日も木霊して、
痛みに慣れ始めた身体に半ば感心しながら、
顔を顰めることもなく口に溜まった鉄臭さの原因を唾でも吐くように
自分を殴り続ける馬鹿息子に向けて飛ばしてやった。
ぴちゃり、と案外いい音を立てて、ヤツの頬にクリーンヒットしたので、してやったと薄ら笑ってやったが、
腹部に痛烈な蹴りを食らって自然と身体が前に折れ曲がり、目の前の鉄面皮から視線を落としてしまう。
まるで表情が抜け落ちてしまったようなギルベルトの支配者は、その紫電の瞳を彼のおもちゃから反らすことなく
ぐいっと頬にべっとりと付いた血を指で拭うと、さも汚いような物を見るように指に付いた赤い付着物に視線を移した。


「汚たないことをするんだね君は」

「汚い?本当に汚ねえのはテメエだろ?」


ギルベルトはウォーロックと呼ばれる時を操ることができるとされる、
今では数少ない、古代魔法を使う一族の長の息子だ。
ただどういう訳か、本来14に授かるとされているその能力が、彼に開花することはなく、
長の候補にはすでに魔法を習得している弟のルートヴィッヒを推す者が多いし、
ギルベルト自身、族の長などという堅苦しそうなものに収まるガラでもないと思っていたので
そのことについて、なんら問題はないのだが、

ではなぜ、彼がこのようなところで暴行行為を受ける日々を送っているかというと、
それは彼が魔法を使えず、戦う術がないということに、起因する。

ギルベルトのようなウォーロックの一族達は長年ライバル関係にあった種族があった。
それがこの馬鹿息子、ならぬイヴァン達アイスドソルジャーの一族である

彼らは氷の魔法を使うことに長けており、『その零下時をも止める』と言われているほどの名門一族だが、
古代魔術への差別視が半端ではなかった。
元来近代魔術は学習さえすれば、どの国のどんな者でも習得可能というのが売りだ、
よって格差はあるものの誰でも使える魔術として人々に親しまれ、生活の一部に使用されるほど用途はあるが、

その分、魔術師の需要、という点では極端に少ない、
当たり前と言えば当たり前だ、勉強さえすれば、かじり程度でも誰でも使えるのだから。
故に、彼らのような近代魔術師は、日々、一族の生存に多大なる労力を要している、

その一方、古代魔術は一般的に遺伝によってしか習得できないとされ、
魔術師の需要は常に供給に追いつかず、その一族、というだけで
希少な者として、多数の国や街で優遇される権利を持っている。


つまりそれが、彼ら近代魔術師が古代魔術師を毛嫌いする原因である


当然ウォーロックの一族であるギルベルトは魔術を使えないとしても、
どこへ行っても優遇された対応で返される。
その才華が花開く可能性がある限りそうなのだ。

これは何もギルベルトだけではなく、古代魔術師の一族全員がそうなのであり、

このままいけば近代魔術師達が古代魔術師を排除しようとする動きも
少なからず出てくるであろうこともギルベルトは世情から理解していた。


だからこそ弟に日頃から言っていたのだ、

人質に取られたら、己を切り捨てろと、


古代魔術を代表するウォーロック一族の長の息子でありながら、
魔術の使えぬ自分は格好の人質対象となる。
彼はこれでも身内は大切にしているほうだ、一族の足手まといにはなりたくない。

案の定、魔術師達の対立はギルベルトの予想通り深まって、
この屋敷で軟禁生活に入るまでにそう時間はかからなかった。

軟禁、というのは、ギルベルトには手枷も足枷もついてはおらず、割と自由に動き回れるからで、
なぜそういった拘束具がつけられていないかというと、つける必要がないからだ。
自分には彼らアイスドソルジャーの魔法がかかっていて、
屋敷の外から一定範囲外へギルベルトが出ると足元から凍り付いて、
自然と動けなくなるようになっている、不本意ながらイヴァンのサンドバックにされているのも、
彼が魔法で身体を局所集中で凍らせてくるため自由が利かず、いつも血反吐を吐くことになっている。


「今日はもういいや」


と、興味をなくしたように、ギルベルトを見るのを止め、
予定でもあるのか腕時計を見やると、早々と部屋を出て行った。



「くそ痛てぇ…」

しかし、イヴァンが利点のない人間を、わざわざ魔力を使ってまで拘束しているわけがない、
つまりギルベルトの一族達は彼を切り捨てていないことを指し、
申し訳なさと、嬉しさで、もう泣いていいのか笑っていいのかもわからない。


ボロ雑巾のように床を這い蹲りながら、なぜ俺はこんなに無力なんだと掌を見た、

こんな汚い手を使う連中を生かしている世界を、ギルベルトは心底汚く思った



でもすぐに、そんな彼の思考は、いつも無数にいつもできる怪我を治してくれる
ここでの生活の唯一の救いである存在に移りゆく
作品名:アーケイズムの花 作家名:りぃ