アーケイズムの花
healfaite
屋敷の外には広い庭がある、
間隔は広いが豪邸ばかりが連ねるここら辺一体の屋敷間に庭の境目はなく
ギルベルトの歩ける範囲は限られているのだから確かめたことなどないが、
この庭のどこまでがイヴァン達の住む屋敷の土地で、どこからが違う屋敷のものなのか、
その境界線は未だによくわからない。
その庭で、自分が目視できる範囲では一番大きな木の下で昼寝をしていると、そいつは必ずやって来る。
前回は迂闊にも寝こけてしまって、その間にそいつは俺の怪我を治してそそくさと去ってしまったので、
今日は是が非でも寝ないと心に決めながら、狸寝入りをし始める、
随分経った頃、春風のような柔らかい風が吹いてきて、ふわりと風に乗って甘い匂いがした。
(来たな…、)
隣に腰掛ける気配がする、
「またこんなに傷を作って、どうして貴方はいつもそんなにボロボロなんです…」
小さく息をつくのを近くで感じて、狸寝入りに気づいていないのを笑いそうになるのを堪えた、
いつも寝ている間に傷を治してくれて、まどろみの中で心配そうに話しかけてきてくれて、
礼でも言おうと思って、起きて待っていると来てくれない。
彼が初めて現れたのは、もう随分と前だ、
「痛いでしょう?こんなにたくさん、辛かったでしょう?」
そう言って、まるで自分のことのように悲しそうな声と震えた指で傷をなぞる、
彼が傷をなぞると、それまで熱を孕んで腫れ上がっていたり、傷が膿んだ跡が
嘘のように消えうせる。
内出血を起こしていた目の周りや、切れた口の端を優しく撫でて、
いとも簡単に治していくのを感じながら聞き耳を立てると
小さくもごもごと口を動かすようにこう言った
「…せっかく綺麗なお顔ですのに」
呟かれるのは責めているというよりは羨んでいるようにも聞こえて
俺の何がいいのかわからない、と、この変わり者のヒールフェイトに興味を持った。
毎度、紡がれる優しげな声は、
その度に照れ臭くさせるように耳を打って、心地よい体温は心を打って、
同族以外との肌の触れ合いは禁忌だと習ったギルベルトには背徳的で、
細く暖かい指が頬を撫ぜる感覚に自然と鼓動が早まるようになった。
今日こそ、逃すまいとその手を取る
「ひゃっ!!」
「おい、いつもここに来るヒールフェイトってお前だな?」
声質からは男だと思っていたが、予想以上に細い腕に女かと、閉じた目を開くと、
大きなふたつの黒い瞳に自分の姿が映りこんでいた。
突然のことに、双黒を驚いたように瞬かせ、
次の瞬間には頬を桜色に染めたその容貌は、男だとか女だとか、
そんなものが己の中から消えて無くなるほどに愛らしく、ギルベルトの心臓を鷲掴む、
小さく頷いたが、少し不安を宿したような恥らうような、
なんとも言えない表情を作り離れようとする彼の腕を引き正面から薄い身体を抱き込んだ。
ヒールフェイト、魔術師ならば誰しも、名前だけは聞いたことのある古代魔術のひとつで、
人の生死を操ることのできる類稀な、もはや伝説に数えられる古代魔術である。
彼らは、身体の一部を接することで生物にのみ影響を与えることのできる魔術を使うとされ、
治癒魔法は勿論、彼らの血を飲めば死者さえ生き返り、永遠の命さえ夢ではないとも言われている。
ギルベルトが、彼が単なる治癒魔法使いでないとわかったのは、彼が来るときに香るその甘い匂い、
彼が座ったり、立っていたところの植物だけが彼の魔力の影響で急成長を遂げ、草木茂り花が綻ぶのだ。
「大丈夫だ、俺はお前に何にもしねえよ」
「……っ!」
ヒールフェイトはその希少さもあるが、何より伝え聞くその魔力、身体能力の魅力故に、
心無い者に悪用されぬよう、大抵は人里離れ、身を隠して生きていると聞いたことがあった。
不安そうな表情をした彼も、きっとその一人だろう、
だから、ボロボロになっているギルベルトが眠っている間にしか現れなかったに違いない。
俺は無害だと、わかって欲しくて、腕の中で小刻みに震える
自分よりも一回りほど小さな背中をあやす様にゆっくりと撫でながら話しかける
「いつも綺麗に治してもらってる礼を言いたかっただけなんだ、」