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アーケイズムの花

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ありがとな、とひどく優しげな言葉にできたのは彼の震えが止まったからだ、
確かめるように少し肩を離して顔を覗き込むと彼は綺麗に澄んだ瞳から
ボロボロと音を立てそうなほど大粒の涙をこぼしていて、
ギルベルトは何か間違ったことを言ったのか、と焦る


「なんだよ…本当に、何もしねえから」

「っく、うっふ…」


だから泣くなよ。と言いそうになって、
しかし言う前に、小さな頭がふるふると何かを否定したので、
その言葉は発せられることはなく、
ギルベルトは、綺麗な黒髪がさらりと、彼の柔らかそうな白い肌を滑るのを
目の毒だな、と目線をずらしながら次の言葉を待った。


「私、お礼を…言わ、れたことなんてっ、なくて、」


嬉しくて、


と途切れ途切れに紡がれるそれは、自分を否定するものではなくて
安心するのと同時に、妙に気恥ずかしい気分にさせる。

ムズムズとしたのを誤魔化すように


「おっ俺様が礼を言ってやってるんだから、素直に喜べよ!」

と、つい、いつものクセで口にしてしまった
(うおおお!!何言っちまってんだ俺っ)


しかし、彼はきょとんと目を丸くして、じっとこちらを見たあと、

ふにゃりと素直に喜んでいる表情を作ってくれて、

いかにも嬉しいのだと、訴えるように
周りの花が見劣りするほど、綺麗に微笑んで見せた

それを目にした途端、俺の心臓はイかれたように五月蝿くなって、
その顔を記録しようと必死に魅入り、彼の頬を流れる涙が不似合いに思えて、
腕が塞がっていたせいもあるが、なぜか、手で拭うという行動よりも先に、
自然と涙を吸い取るように少し染まった目尻に口付けていた

ちゅ、と唇が離れるときの音がやけに響いて、
ついで、かあっと、それこそ音がしそうなほど、
一気に、首まで真っ赤になった彼を見て、状況をようやく自分の頭が把握して、

頭を抱えたくなった。


今、俺は一体何を、

禁忌をこれ以上犯せば彼にだって災難が降りかかる



謝らなくてはと思うのに、真っ赤なりんごみたいに頬を染めて、
潤んだ瞳を隠すように長い睫毛を伏せて恥らう表情が目に留まると

考えていた行動すべてが、どうでもよくなってしまった

自分でも駄目だと思わないほど馬鹿じゃない


なのに、彼を見ていると、
頭が霞んだ様に彼以外を排除して、身体が勝手に吸い寄せられる。
心音は未だ嘗て無いほどのビートを刻み、
こんなにドクドクいってたら、何かの拍子に心臓が止まって死んでしまうんじゃないかと頭をよぎるが、
そんな感覚が嫌などころか、すごく心地いいと感じてしまっているのだから尚更性質が悪い。

いつも思考してからじゃないと行動しない俺が、こんな状態になったのは初めてで、
こいつはきっと俺に何か変わった魔法をかけたんだ、
と決め付けて少し睨むように、じとっと妬ましげに彼を見てみる、



が、

俺の視線に合わせるように、こちらをまっすぐ見て、


「あの…何か、」


とか不安そうに言われてしまうと、
もう、心臓は熱さで叫び声を上げてしまって頭は使い物にならない。
名前も知らない彼が欲しくて仕方ない、

どうのこうのと考えるより先に、身体のほうが止まらなくて、
そのまま、彼の少しの制止も介さず、
柔らかそうな曲線を描く頬にも、恥ずかしそうに伏せられた目蓋にも唇を落とす。


気がついたときには羞恥で大きな瞳に
涙をいっぱい溜めた菊を抱き込む形で押し倒していて、
何かを言おうと開かれ、また閉じられた彼の唇を見て、思わず咽喉を鳴らしてしまう

何を語るわけでもないのに、こちらを見上げる彼が扇情的に映って、
見下ろしていると、征服欲と独占欲に押しつぶされそうになった。

駄目だ駄目だと自分を押し込めるように目を閉じる、



「…貴方の名前、」


「ギルベルト、」




きっと俺は今、ひどく欲に濡れた怖い顔をしているにちがいないのに、
彼は細い指をまるで傷を治しているときのように俺の頬をなぞって、
開いた目を捉えると俺の名前を口にして、綺麗に微笑んでくれた

それが、欲だけだった俺の中に何か別の感情を流し込んでくる、
これ以上は駄目だと理解はしているハズなのに


もっと欲しい、何かが足りない、と言わんばかりに身体は疼く


「ギルベルトさん」


彼の声が呪いのように全身を振るわせる、
制止させる俺の根幹を崩して、別のものに置き換えていく。



「触れ合いは…禁忌、ですよ」

「じゃあなんでお前は俺に触ってんだ」


やはり彼も知っていたのか、と頭の隅の方で思いながら、
ではなぜ、と言う疑問をそのまま口にする。
禁忌なのは、違う魔力を持つもの同士が関係を持つと、
絶妙のバランスで保たれている魔法の基盤が崩れ、子孫繁栄の妨げとなるからだ。

それを知った上で、ただでさえ希少だと言われるヒールフェイトが
魔術師なら誰しも知る、その暗黙の了解を破っていいのか、
というギルベルトの問いの意味を理解すると彼は困ったように笑い、
では、菊と、一度だけでいいので呼んで下さいませんか、と言った。

菊というのが彼の名前だと認識するのに
数秒の沈黙を要したが、


彼は、その間に痺れを切らしたのか


「名を、呼んで欲しいのです」


と念押した。

そう言って揺れる瞳は、明らかに自分と同じ欲を宿していて、
それを読み取ると同時に、ギルベルトは
自分の内側が、心からの歓喜と遺伝子に組み込まれた絶望で埋まっていくのを感じた



それでも、


「菊、」


と、たった一言音に乗せると、
得体の知れない愛おしさが、歓喜も絶望も焼いていく、



その感情が全身を埋め尽くすまで待てなくて、
彼の唇に己の唇を夢中で重ねる
作品名:アーケイズムの花 作家名:りぃ