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一九九九年九月二十六日消印

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ひっくり返すと、まだ若い天が夜の川べりに立っている写真だった。浴衣を着ているところを見ると、どうやらそれは赤木と一緒に隅田川の花火を見に行った帰りのようだ。切り取られた空間、時間。写真を撮ったのは赤木だったのだろうか。あの日、彼の視線の中に天は立っていた。写真の中では、今も。そしてフレームの外には赤木が居る。
もう一度ひっくり返しておもて面を見ると、左下に彼の署名があった。


天は想像する。赤木がホテルに備え付けの小さな机に向かって、自分への手紙を書きだすところを。
椅子に背をもたせかけて空を眺め、何事かを少し考えた後、ペンのキャップを外して宛名を書く。天貴史様。赤木はこの名前が好きだと言っていた。天、高し、崇し、敬し、尊し、そう言うおまえはどこに居る? 地に足をつけ空を見上げているのか、雲上はるか日月を抱えて地を見下ろし、我は貴しと宣言しているのか? おまえはどちらでもなく、かつどちらでもある。この名前はおまえをよく現している、と。
それから少し俯き、目にかかる白い髪を軽くかきあげて、住所を一字一字同じ大きさで並べていく。手帳を見なくても、赤木はもう天の住所を空で書けるのだ。
頬杖をついて、再び裏面の絵を見返す。滞在地の風景がそこには切り取られている。赤木が実際その目で見たもの、という基準で葉書の模様を選んでいるので、その風景は夏のものとは限らない。趣味がいいものばかりでもなく、腕の悪いカメラマンが急いで作ったようなものの時もある。それでも構わないと赤木は思う。自分が見たものを、天に伝えたいのだ。葉書はイメージに穿つ鉤だ。ひっくり返して名前を書く。文字を覚えた人間は、必ず自分の名前を書く。人生の中で、幾度も繰り返し書かれるその文字列は、時に証明、引責、さまざまな意味をもつ。今、この時この署名が意味するのはひとつだ。赤木しげる。愛をこめて。