ねむねむぐーぐー
臨也は「ただいまー」と帝人の家へとやってきた。
勝手に合鍵を作らせてもらっている。
誰でもそうだろう。
先ほどまでチャットをやっていたので起きているのは知っている。
寝ていたところで構うこともない。
勝手知ったる人の家で我が物顔をする情報屋。
靴を脱いで上がればもぞもぞと動く影。
「イザイザ、布団は渡さないわよ」
瞼が半分ほど落ちきっている狩沢が布団から顔を出した。
平気だというように臨也はうなずく。
異論はない。早いもの勝ちだ。
「渡さないもなにも僕のですけど」
「だから新しいの買ってあげるって」
「そういう問題ではなくて・・・・・・人口密度高すぎです」
布団の中に狩沢絵理。
壁により掛かり遊馬崎ウォーカー。
枕を抱えた矢霧波江。
いつものメンバーだと思って帝人をよくよく見れば膝の上に平和島静雄。
眠っているようで臨也の訪れなど気づいていない。
異常事態だ。
二人は今までブッキングしたことはない。
門田や遊馬崎たちが気を利かせてくれていた。
別に臨也も争いに帝人の家に来ているわけではないので構わない。
だが。
『う、うらやましいっ』
声をひそめて口にすれば遊馬崎がスケッチブックに「一番乗りでした。やられたっす」と書いた。
遊馬崎の細目は寝ているのか起きているのか分からない。
文字のふるえからして眠いのは伺える。
帝人はパソコンで作業しながらときおり静雄の髪をすくっている。
暴君が起きる気配はない。
臨也は気に入らないながら何も言わず帝人の背中にもたれる。
小さく「重いです」と文句を言われたが知ったことではないと目を閉じる。
狩沢から「蹴らないで」と間延びした声が聞こえる。
ほぼ寝ているのだろう。
謝りながらも帝人の部屋が狭いのが悪いのだと告げれば枕が飛んできた。
波江も起きていたらしい。
いや呻きかたからすれば寝ぼけている。
うるさいという苦情だ。
ここにいるみんな眠くて眠くて仕方がない。
気が立ちながらもそれより眠さが勝る。
安眠妨害が何よりの敵だ。
狭かろう広かろう眠れないなら意味はない。
眠らない街、東京。
昔ながらのキャッチコピーが現実のものとなった昨今。
大多数の人間が不眠症を患っている。
臨也も例に漏れずに眠れなくて趣味という名の情報業に支障をきたしている。
対処法として劇的だったのが「帝人のそばにいること」だった。
不思議なことに帝人の近く、できれば触れたりするとこれ以上なく自然に眠れる。
それに気づいたのは遊馬崎が帝人に嫁という名の抱き枕になって欲しいと頼み込んでいたのを妨害してからだ。
帝人に抱きつくと驚くほど簡単に眠れた。
遊馬崎のいうように嫁とは言わないが生活必需品レベルの家具として家にいて欲しい。
もちろん断られた。
ほかの奴らもみんな断られたのだろう、それでも眠りたいからこそ帝人の家はたまり場と化したのだ。
臨也は遊馬崎と狩沢とほぼ毎日帝人の家で顔を合わせている。
特に何も生まれることもなく全員静かに就寝。
床が抜けると最初は思っていたが案外平気だ。
四畳半も意外と広いのではないのかと錯覚する。
「あの、またこのまま寝る気ですか?」
「帝人君は特に眠くないでしょ。明日は学校休みだし不健康に徹夜でもしてなよ。朝ご飯は俺の金で出前とっていいから」
臨也は帝人の背中の体温に半ば意識は持って行かれている。
少年の声は心地いい子守歌だ。
「露西亜寿司ですね」
「トロは俺の」
「静雄さんが起きる前に帰ってください」
「ひーきだ、えこひいき反対っ」
後頭部を帝人にこすりつけて主張すれば「静かに」と怒られる。
「眠るの三日ぶりだって言ってたんです。かわいそうじゃないですか」
「三日ぐらいシズちゃんは余裕余裕。三年ぐらい寝ないで動くよ」
「そんなわけないでしょ」
「いいじゃないか、脳細胞死滅しているようなヤツなんだから眠らないで死ね」
人間にとって睡眠というのは重要だ。
肉体を休めて調整する期間がないと繊細な肉の塊は簡単に腐りただれ落ちるように活動を停止する。
「寝不足で頭痛いんですか?」
振り向くことなく手だけで帝人が臨也の頭に触れる。
眠気が増す。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「・・・・・・みかプー、あとで私も撫でて」
「私も」
「俺も」
寝ぼけている人々の声に帝人は疲れながらも同情を滲ませて「はい、おやすみなさい」と答えた。
カタカタとキーボードを打ちながら帝人は溜め息をつく。
(東京の生活って大変なんだなあ)
膝と背中の重みにすこし不思議な気分になりながら二人が喧嘩し出すころにちょうど出前がきてくれるだろうことを期待して帝人は欠伸をかみ殺した。
バイトとダラーズの管理はちょうどいい時間潰しだ。