ねむねむぐーぐー
後日。
「帝人君っ!」
帝人は臨也に簀巻きにされた。
パソコンにしか注意を向けていなかった帝人は簡単にブランケットにくるまれ転がされた。
不平を言う前に抱きつかれて帝人は苦い笑いを浮かべる。
「眠いんですね」
「だから来てるんじゃないか」
帝人を横向きに寝かせて身体全体を抱きしめる。あたたかで臨也の目蓋はすぐに重くなった。
息を吸い込むと感じる香りは体臭とするにはわずかすぎた。
「おやすみなさい」
すでに眠りの中に足を入れた臨也は「あぁうん」と言葉にならない声を返すだけ。
起きた臨也は一言「はあ?」と不満気な声をあげる。
理解出来ない。
帝人の背中部分のブランケットが引き裂かれて遊馬崎が抱きついていた。
起き上がる臨也に「おはようござまーす」とかかる声。
起きていたのだろう遊馬崎だ。
「服一枚ありますけど直接の方が気持ちいいんすよ」
悪びれたとこなどない堂々とした態度に臨也は言葉を失う。
「帝人君はまだ寝てますんで」
顔の前に人差し指を立て表情の読めない遊馬崎に臨也は色々な気持ちを噛み殺す。
「他人がいる場所でよく眠れるね」
「お互い様っす。まだ朝方っすから帝人君も仕方ないっすよ」
窓の外を見て納得する。まだ朝日は遠そうだ。
遊馬崎が帝人の腰に手を回しているのが気になりながらも臨也はいつもの黒いコートを羽織る。
何か口にすべき気にもなったが帝人が寝ているのなら口を開くことはしない。
後ろ髪を引かれながら立ち去る臨也に「いってらっしゃい」と寝ぼけた声がかかる。
玄関の扉を閉める前に「行ってきます」と返したのは無意識の産物だ。
外に出て吐き出した息は白いのにどこかが温かかった。
蛇足的な余談。
げんなりという表現が似合う帝人の顔とは対称的に遊馬崎は興奮を隠さない。
「超レアのラブリーシーツじゃないっすか!! 赤仕様はイベント売り限定で個数制限にも拘らず30分で完売っ。再販の告知はなしという公式のせいでヤフオクが高騰中のプレミアアイテムっすよ」
「再販はするらしいよ。これがそれ」
「新宿にいるのになんで煎餅焼かないんだろうと思ってすんません! アンリ・マユ希望のツンツン白鷺かと思ってましたが意外や意外、夢と希望を届けてくれるサンタさんでしたか?」
「慌てすぎて早いどころか遅くなったんですね」
遊馬崎の言葉は半分も理解していないだろう帝人はそれでも相槌を打つ。
「臨也さんはこういう趣味があったんですか?」
「ないよ」
ビニール袋を開けて中身を取り出そうとする臨也を遊馬崎は突き飛ばす。
予期しない攻撃に思わずたたらを踏む。
遊馬崎を見れば目を見開いてすごい形相だ。
「何するんすかッ!」
人を弄んでネタばらしをして嘲った時に「殺してやる」と罵られた時の数倍の殺気がある。
キレた人間ではあったが自分に危害がないならそう無茶はしないと思っていた。
勘違いだったのかと臨也はナイフの位置を確認する。
「なんでビニール破るんすかッ!! ってコレ値札のラブリーステッカーもとってますねっ! なんて、ことを。なんて、ことを……。あぁああ、人間じゃないっす」
「なんでそこまでのこと言われないといけな――」
「臨也さん、これは臨也さんが悪いです」
呆然とした臨也に帝人は困りながらも苦笑いで告げる。
「これは鑑賞して楽しんだり、手に入れて所有欲を満たすもので実際に使用するのは3つめを手に入れてからなんだそうですよ」
「なにそれ」
ついて行けない世界の話だ。
使うつもりでわざわざツテで手に入れたのにこれではどうしようもない。
殺してでも奪いとると言わんばかりの遊馬崎の顔にため息。
臨也は鞄の中から同じようなものを取り出す。
「通常版っ!」
臨也が包装を解いていっても遊馬崎は何も言わない。
呆気に取られてる帝人をシーツでくるめて転がす。
「あの?」
答える変わりに髪を撫でて臨也は欠伸する。
「それあげる。通販限定で百販売、一週間後。告知は三日前サーバーパンクは必死だね」
「ツンデレだー! ツンデレがいるっ」
狩沢がどこから聞いていたのか、キャッキャッとテンション高く現れる。
「ゆまっちの操はみかプー行きだからだめよ」
「またそういう冗談は……」
「二人とも静かに」
帝人の言葉に黙ればゆるやかな寝息が聞こえた。
狩沢が小さな声で「眠りに落ちるの早くなってる?」と口にする。
たぶん事実だ。
背中を擦りながら帝人が二人を見れば首を横に振られる。
狩沢は微笑み「おやすみなさい」と掛け布団を二人にかけた。
眠りは誰に邪魔されるものでもない。