まだよく知らない
秩序の聖域とそこに設けられた館での暮らしに慣れ始めた頃、最初に浮かんだ問題は大きく分けて二つあった。
一つ目は、別の次元の探索。
幾つもの次元が継ぎ接ぎされてできた世界なのだ、ここは。
のちに繰り広げられるであろう激しい戦闘に集中するためにも、彼等はこの世界についてもっと知っておく必要がある。
今彼等が知っているのは、女神の影響が強い聖域と、次元城に続いているであろう深い緑に覆われた森だけなのだ。
二つ目は、物資―食糧―の確保。
最初の内は女神が館を建てる際に用意してくれた物で賄えたのだが、彼等が血の通った人間である限り、物資は減るのだ。
なくなる度にコスモスに頼るのは、カオスとの戦いを控える女神の枷となる。
仮に女神が物資の補給を申し出ても、戦士達のリーダーである光の戦士がそれを断っていただろう。
かくして、10人の戦士達は探索と物資補給の二手に分かれて行動することとなったのだが…意を唱えなかったものの、役割に若干の不満を持つ者がいた。
「よし、当分はコレで何とかなるだろ。」
そう言って、一人の青年―バッツ―が大きく膨れた布袋の口を閉じた。
「この森は、木の実が多いのね…。」
木の実などの植物で膨れた袋を撫でながら、儚げな印象の少女―ティナ―がそう言う。
「植物多いし動物もいるし、食糧集めには困らないから助かるっス。」
日焼けした肌の少年―ティーダ―が、捕獲した動物の手足をまとめ肩に背負った。
「目に着いた物をとりあえず持って来ちゃったけど…ホントに全部食べれるのかな?」
どこか不安そうに、幼い少年―オニオンナイト―は手に持つ不思議な形の植物を見やる。
「へっへ~ん、その辺はこのおれに任せなさい!だてに旅人やってないぜ。」
「植物に詳しいんスか?」
胸を張って安心しろという青年に、日焼けした少年は喜色を示すが…その後に続いた言葉に苦笑いを顔に張り付けた。
「まぁな。よく試し食いとかしたし、害があるかないかくらいは見分けられるぜ。細かいことまで知ってるのはそんなないけどな。」
「試し食いって……。」
「だぁいじょうぶだって!きっとフリオニール辺りが知ってるだろ。」
「結局は他人任せじゃないか…。」
そんな3人のやり取りを、ティナは一歩離れた所から楽しそうに眺めていた。
収穫物を持ち運びやすいように小分けにしていたバッツは、そんな和気藹々とした雰囲気の中で異質な気配を漂わせる人物に気付く。
「なぁにムスーっとしてるんだスコール。」
「……別に。」
人好きのする笑顔に対して向けられたのは、しわが刻まれ不機嫌を全身で表現するスカーフェイスだ。
「そーんなあからさまに不機嫌な態度で、何もないわけないだろ?」
「思ったことは口に出さないと解らないっスよ?」
バッツとティーダに急かされ、ティナとオニオンから気まずそうな雰囲気を感じ取り、スコールと呼ばれた額に傷のある少年は、しぶしぶと口を開く。
「……ソレ、」
やや間を開けて指されたのは、ティーダが背負った動物。
「…仕留めてから時間が経っている。」
「?…あ~、そうだな。鮮度落ちるし、虫に卵でも産みつけられたら面倒だな。」
「……切り口からまだ血が出ている。そんなにくっ付けていたら服に血が着くぞ。」
「へ?あ!!オニオン、オレの背中無事ッスか?!」
「うわぁ、行き成り振り返らないでよ!危ないじゃないか!」
「ごめんっス。」
「落ち着きないなぁ……汚れてないよ。」
頼りないなと溜息を吐かんばかりのオニオンナイトに、ティーダは苦笑いだ。
「……さっさと行くぞ。俺はこんな所で無駄に時間を使うつもりはない。」
こちらは本当に溜息を吐き、更には自分の荷物を肩にかけさっさと歩き出してしまう始末。
「ちょっと待てってー。」
この中での年長者であるバッツが物資補給班のリーダーなのだが…メンバー―主にスコールだが―の纏まりのなさに、もう笑うしかない。
確かに彼は何時も無愛想だが、今日はなんだか不機嫌の度合いが2割増しだ。
バッツの体内時計は今が八つ時であると伝えている。
朝起きてからという長くない時間の中で、彼が何か不機嫌になるような出来事があっただろうか?と記憶を思い起こし……たった一つだけ、思い当たる節があった。
今回の割り当てに、納得がいかなかったのだろう。
未開の地へ探索の足を延ばすもう一つの班には、何があっても帰還出来るようにと陣営の中でも戦闘能力が高く実戦経験も豊富な者が多い。
そんな中で、自分と対して実力の違わないジタンが探索で自分が物資補給に振り分けられたことが不満なのだろう。
今回は身軽で素早い方が選ばれただけのこと、そしてそれはスコール自身も解っているだろうに…理解することと納得することは別、ということなのだろうか。
プライドの高い彼の様子を難儀だと思う以上に、不機嫌を抑えられない態度に彼がまだ子供であり年相応な様子を見せることに安心と可愛らしさを感じる…ジタンに話したらそうかぁ?と否定されそうだが。
まあなんにせよ、これ以上彼の機嫌が下降し、ティナやオニオンナイトが気まずさを感じない内に帰還するのが一番だ。
そう判断するなり、バッツはティナの持つ荷物をスッと取り上げ、右肩に二つの布袋を下げる。
「ティナのはおれが持つよ。」
「でも…。」
自分だけ何も持たないのは、と難色を示すティナに、バッツは他の3人に聞こえないよう少女の耳に口を近づけた。
「…オニオンさ、アイツちょっと見栄張って多く詰めてるみたいだから、様子を見ていてほしいんだ。相手がティナで、最初から何も持ってなかったら、アイツも手伝ってもらうのにそんなに抵抗ないと思うんだよ。だから頼んでも良いか?」
さり気なく、件の少年を視界に入れてみる。
…バッツの言った通り、少年の布袋は彼女が持っていた物より一回り大きく、それを持つオニオンの顔も力を入れ強張っているようだった。
「わかったわ。」
「サンキュ。」
少女と秘密の作戦(?)を企てたバッツは彼女に笑みを向けた後、パッと一行の先頭に立つ。
「それじゃ、」
遅くならない内に返ろうぜ。
そう続けるつもりだった言葉は、空気を振動させることはなかった。
「バッツ?」
不意に動きを止め、顔から笑みを消した様子に異変を感じ、ティーダがやや緊張した声でバッツの名を呼ぶ。
「………っ、」
やや遅れて、ティーダの背後で誰か―恐らくティナだろう―が息を呑んだ。
「ティナ?どうしたの?」
オニオンナイトがティナを気遣うが、彼女の表情は不安に塗りつぶされたまま…少年の疑問に答えたのは、バッツ。
「まずいぞ…“イミテーション”だ。」
神々に召喚された戦士達と同じ形をした、人工物めいた虚ろな存在。
カオスの軍勢に従っている様子は、まさに駒そのもの。
駒達は戦士達と同じ技を使うが、オリジナルには遠く及ばない紛い物。
それが、イミテーションだ。
一対一なら余程気を抜いていない限り負けない相手。
だが、バッツの只ならぬ様子を見るに……。
「数が多い…こっちに近付いて来てる。あんな大群で来られたら……。」