鉄の棺 石の骸9
1.
長い長い電子音が、広い部屋の中でそれだけ響いていた。
つい今しがた、仲間の最後の一人、アポリアが息を引き取ったのだ。
「……ああ、これで……」
――これで、私は一人になってしまった。
それも、この仲間内だけの話ではない。この世に生きている最後の人類に、Z-oneはなってしまったのだ。
この街の廃墟を探そうが、この地球上を隅々まで探ろうが、Z-oneの他に生きている人間は、もうどこにもいない。
仲間が老衰でばたばた倒れていった時から覚悟はしていた。それでも、実際にそんな事態に直面した時のショックは考えていたよりも大きい。
――早く、みんなの最後の頼みを叶えなければ。
――まずは、彼らのコピーを作って。それから、それから……。
過去を変えて現在を救う計画は、まだ始まってもいない。計画の手足となるしもべとして、かつての仲間たちをこの手で復活させなければ何も始まらないのだ。
それでも、Z-oneは今すぐに計画に着手することが、どうしてもできなかった。
呆然とする中で、電子音だけが無情に響いている。
結局、Z-oneがまともに動けるようになったのは、それから一週間も過ぎてからだった。
呆然とし過ぎていて、自分にスリープをかけることすらも考えられなかったくらいだ。
このフライング・ホイールは生命維持装置も兼ねているから、食事は全く必要ない。だが、Z-oneにも例外なく寿命の問題はついて回っている。ぼんやりしていて自分まで死んでしまいました、となると、それこそ仲間に申し訳が立たない。
ようやく、Z-oneは仲間の再生へと取りかかることにした。
――最初はパラドックス。
彼の使命は二つ。一つは、過去を遡り時代ごとの重要なカードを収集すること。もう一つは、最終ポイントでペガサス・J・クロフォードを抹殺すること。
あの時代でデザイナーのペガサスが死ねば、カードゲーム「デュエルモンスターズ」は衰退の一途をたどることになる。カードに強大な力が宿ることもなくなり、よってカード絡みの事件が起こることもない。
本来の時間軸でシンクロ召喚が開発される時代になるころには、カード自体が終わっているか、さもなくばただの子どもの遊びとして細々と生き残るだけになっているだろう。
少なくとも、モーメントとシンクロ召喚が結びついて、人類の滅亡に繋がってしまうことはないはずだ。
パラドックスのコピーは、若いころの彼と同じにした。加えて、度重なるタイムスリップに耐えられるボディと、時間軸を正確に捕捉できる頭脳も与えた。
もちろん、タイムトラベル機能付きのD-ホイールも忘れない。
――次はアンチノミー。
彼の使命も二つ。一つは、遊星を守りつつ彼に「アクセルシンクロ」を伝えること。もう一つは、アーククレイドルで遊星歯車の番人になること。
アーククレイドルを呼び出すきっかけになるか、彼自身が未来を変える力となるか。どちらにしても「アクセルシンクロ」は必要だ。
彼の使命の内、後者は、記憶の一部分と一緒に封印した。遊星に思惑を感づかれてアンチノミーを遠ざけられてしまうのは非常にまずい。人の心に敏感な彼のことだ、こちら側も無心で対応しないと仲間だとは認めて貰えないだろう。
アンチノミーのコピーにも、若い身体を与えた。昔、初めて会った時の記憶に残る面影そのものの姿だ。
過去の人間の中で生きていくことになる彼には、身体検査を受けてもロボットとばれないような機能を与えた。人間そっくりに作ったので、普通に食事もできる。
彼の愛車であった「デルタ・イーグル」は、復活した彼と相談して微調整することにする。
――最後にアポリア。
彼の使命は多くある。「イリアステル」を創設すること。時代のポイントを監視し、必要とあらば改変を加えること。アーククレイドルを呼び出す為の「サーキット」をネオドミノシティに描くこと。
これらの使命を果たすには、一人では足りない。最低でも二人、いや三人は必要だ。
アポリアの最後の願いも、自分の絶望を三つに分けてZ-oneのしもべにすることだから、適任者と言えばそうなのだろう。
アポリアの若い時の姿を、残念ながらZ-oneは知らない。なので、人格データから記憶をすくい出して、人格を三つに分割するポイント付近に残っていた、記憶の中の彼の姿をモデルにしてみた。
彼は、分割するポイントごとに「絶望」そのものの壮絶な経験をしてきた。なので、分割後の人格それぞれの価値観も違ったものになる。
下手をすると、分身体同士仲が悪くて口論ばかりといった事態になるのでは、とZ-oneは相当心配した。
……まあ、口論ばかりでもいいか。口喧嘩とはいえ、いつも傍にいてくれる話し相手は本当に貴重なのだ。一人になった今、Z-oneにはそれがよく分かる。
彼らの融合体は、喧嘩の種にならないように、三人を基にした姿にした。使命を果たすために必要な道具は、これから惜しみなく与えてやるつもりだ。
仲間のコピーを作り上げる作業の合間に、Z-oneはある作業に取りかかっていた。
自分の中の「不動遊星」の人格データを拾い出して、復元する作業だ。
人類滅亡の時の衝撃で、「Z-one」と「不動遊星」のデータは粉々になり、Z-oneの中に別の人格が混在する事態になってしまった。無事だったデータをお互いに繋ぎ合わせて何とか動かしているものの、決戦時の戦力にするには心もとない。
発作を起こすたびに、僅かながら断片化したデータが戻っていることに、最近Z-oneは気がついた。人格のごた混ぜは治らなくとも、「彼」の人格をまともに動かせるようにはなるかもしれない。
しかし、自分が発作を起こすのを一々待っていたのでは、時間が幾らあっても足りない。
考えた末に、Z-oneはコピーを作る作業の合間に長期のスリープに入ることにした。スリープして意識の深層に入り込み、ばらばらになった人格データを一つずつ拾い上げていく。
永くスリープしたところで、自分は話し相手もいない。Z-oneがいなくて困るような仲間も、もうこの世にいないのだ……。
長い長い電子音が、広い部屋の中でそれだけ響いていた。
つい今しがた、仲間の最後の一人、アポリアが息を引き取ったのだ。
「……ああ、これで……」
――これで、私は一人になってしまった。
それも、この仲間内だけの話ではない。この世に生きている最後の人類に、Z-oneはなってしまったのだ。
この街の廃墟を探そうが、この地球上を隅々まで探ろうが、Z-oneの他に生きている人間は、もうどこにもいない。
仲間が老衰でばたばた倒れていった時から覚悟はしていた。それでも、実際にそんな事態に直面した時のショックは考えていたよりも大きい。
――早く、みんなの最後の頼みを叶えなければ。
――まずは、彼らのコピーを作って。それから、それから……。
過去を変えて現在を救う計画は、まだ始まってもいない。計画の手足となるしもべとして、かつての仲間たちをこの手で復活させなければ何も始まらないのだ。
それでも、Z-oneは今すぐに計画に着手することが、どうしてもできなかった。
呆然とする中で、電子音だけが無情に響いている。
結局、Z-oneがまともに動けるようになったのは、それから一週間も過ぎてからだった。
呆然とし過ぎていて、自分にスリープをかけることすらも考えられなかったくらいだ。
このフライング・ホイールは生命維持装置も兼ねているから、食事は全く必要ない。だが、Z-oneにも例外なく寿命の問題はついて回っている。ぼんやりしていて自分まで死んでしまいました、となると、それこそ仲間に申し訳が立たない。
ようやく、Z-oneは仲間の再生へと取りかかることにした。
――最初はパラドックス。
彼の使命は二つ。一つは、過去を遡り時代ごとの重要なカードを収集すること。もう一つは、最終ポイントでペガサス・J・クロフォードを抹殺すること。
あの時代でデザイナーのペガサスが死ねば、カードゲーム「デュエルモンスターズ」は衰退の一途をたどることになる。カードに強大な力が宿ることもなくなり、よってカード絡みの事件が起こることもない。
本来の時間軸でシンクロ召喚が開発される時代になるころには、カード自体が終わっているか、さもなくばただの子どもの遊びとして細々と生き残るだけになっているだろう。
少なくとも、モーメントとシンクロ召喚が結びついて、人類の滅亡に繋がってしまうことはないはずだ。
パラドックスのコピーは、若いころの彼と同じにした。加えて、度重なるタイムスリップに耐えられるボディと、時間軸を正確に捕捉できる頭脳も与えた。
もちろん、タイムトラベル機能付きのD-ホイールも忘れない。
――次はアンチノミー。
彼の使命も二つ。一つは、遊星を守りつつ彼に「アクセルシンクロ」を伝えること。もう一つは、アーククレイドルで遊星歯車の番人になること。
アーククレイドルを呼び出すきっかけになるか、彼自身が未来を変える力となるか。どちらにしても「アクセルシンクロ」は必要だ。
彼の使命の内、後者は、記憶の一部分と一緒に封印した。遊星に思惑を感づかれてアンチノミーを遠ざけられてしまうのは非常にまずい。人の心に敏感な彼のことだ、こちら側も無心で対応しないと仲間だとは認めて貰えないだろう。
アンチノミーのコピーにも、若い身体を与えた。昔、初めて会った時の記憶に残る面影そのものの姿だ。
過去の人間の中で生きていくことになる彼には、身体検査を受けてもロボットとばれないような機能を与えた。人間そっくりに作ったので、普通に食事もできる。
彼の愛車であった「デルタ・イーグル」は、復活した彼と相談して微調整することにする。
――最後にアポリア。
彼の使命は多くある。「イリアステル」を創設すること。時代のポイントを監視し、必要とあらば改変を加えること。アーククレイドルを呼び出す為の「サーキット」をネオドミノシティに描くこと。
これらの使命を果たすには、一人では足りない。最低でも二人、いや三人は必要だ。
アポリアの最後の願いも、自分の絶望を三つに分けてZ-oneのしもべにすることだから、適任者と言えばそうなのだろう。
アポリアの若い時の姿を、残念ながらZ-oneは知らない。なので、人格データから記憶をすくい出して、人格を三つに分割するポイント付近に残っていた、記憶の中の彼の姿をモデルにしてみた。
彼は、分割するポイントごとに「絶望」そのものの壮絶な経験をしてきた。なので、分割後の人格それぞれの価値観も違ったものになる。
下手をすると、分身体同士仲が悪くて口論ばかりといった事態になるのでは、とZ-oneは相当心配した。
……まあ、口論ばかりでもいいか。口喧嘩とはいえ、いつも傍にいてくれる話し相手は本当に貴重なのだ。一人になった今、Z-oneにはそれがよく分かる。
彼らの融合体は、喧嘩の種にならないように、三人を基にした姿にした。使命を果たすために必要な道具は、これから惜しみなく与えてやるつもりだ。
仲間のコピーを作り上げる作業の合間に、Z-oneはある作業に取りかかっていた。
自分の中の「不動遊星」の人格データを拾い出して、復元する作業だ。
人類滅亡の時の衝撃で、「Z-one」と「不動遊星」のデータは粉々になり、Z-oneの中に別の人格が混在する事態になってしまった。無事だったデータをお互いに繋ぎ合わせて何とか動かしているものの、決戦時の戦力にするには心もとない。
発作を起こすたびに、僅かながら断片化したデータが戻っていることに、最近Z-oneは気がついた。人格のごた混ぜは治らなくとも、「彼」の人格をまともに動かせるようにはなるかもしれない。
しかし、自分が発作を起こすのを一々待っていたのでは、時間が幾らあっても足りない。
考えた末に、Z-oneはコピーを作る作業の合間に長期のスリープに入ることにした。スリープして意識の深層に入り込み、ばらばらになった人格データを一つずつ拾い上げていく。
永くスリープしたところで、自分は話し相手もいない。Z-oneがいなくて困るような仲間も、もうこの世にいないのだ……。