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八面六臂臨也と小学天

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匂い




八面は今回ほど外に出たことを後悔したことはなかった。あからさまに嫌そうな雰囲気を出す。

「そんな嫌そうな顔しないでよ」

「うっさい」

「口がわるーい。そんなんじゃ子供の教育上良くないんじゃない?まぁ、俺の知ったことではないけど」

「だったら放っておけよ」

「そうだね~。あ、今日は仕事をしに来ただけだから」

目の前のへらへら笑っている情報屋は顎でとあるレストランを示しながら、すたすたと歩いて行ってしまった。
八面はため息を吐きながら重たい足取りで黒ずくめの男の後を追う。
レストランに入ると、時間帯が時間帯なのか親子連れが多く見受けられ、子供の声が店内に響き渡る。
店員が出てきて喫煙席か禁煙席かを聞いてきた。臨也は惑うことなく禁煙席を希望する。
通された席までくると余計に子供の姿が目に映った。

(学天、連れてきてやったら喜ぶかな・・・)

子供が好きそうな料理が並ぶメニューを横目に見ながら、家で大人しく待っている子供の顔がチラチラちらつく。
そして現実に目を向けると、笑みを口元に浮かべたまま臨也は1人でメニューを眺めていた。
男同士で席に座るという、妙にシュールな絵に八面はまたため息を吐く。そんな八面にはお構いなしに臨也は珈琲を2つ頼むとさっさとメニューを仕舞ってしまった。

「子供がいるのに煙草の匂いが付いた服で帰りたくないでしょ」

「・・・はぁ?」

「子供って意外に敏感だよー?嗅いだことのない匂いなら尚更」

「お前に心配される筋合いはないんだけど」

眉を寄せて背もたれにもたれ掛かる八面に臨也は苦笑を漏らした。まぁ、そうだよね、と呟いて。

「とっとと本題に入ってくれない?これでも俺予定が詰まってるんだよ」

八面は店員がつい先程置いていったカップに手を付けると、臨也から封筒を受け取る。

「そう急かさなくてもすぐすませるよ。あ、情報料はいつもの口座で」

「・・・あぁ」

八面はその封筒を一瞥すると、珈琲を一気にのみだし席から立ち上がった。
そしてそのまま立ち去ろうとする八面に臨也は声をかける。

「子供だからって気を抜くと、後が怖いよ?」

八面はそんな臨也の言葉に眉をしかめるだけで、その場を去ってしまった。
そして後ほど、臨也の言った言葉をもう少し、1μくらいは聞いておけばよいと八面は思った。


八面は学天がいる部屋へと帰ると、コートをそのままソファで丸まっていた学天を抱きかかえた。

「ただいま、学天」

いつもなら学天は碧の瞳を輝かせて八面へと抱きついてくれるのだが、今日はどういうわけか腕を突っ張らせて八面から距離を取ろうとする。
八面は不思議に思いながら、学天の身体を自分の方へと抱き寄せようとした。次の瞬間、学天の叫び声が八面の鼓膜を裂く。

「やぁぁぁっ!!!」

「っ」

予想していなかった音量に八面は学天を離しそうになったが、すんでの所で抱き留めた。
ほっと息をするまもなく、学天は八面の身体を押して自分から離そうとしてくる。
だんだんと八面の腹の辺りに黒っぽい苦々しい物が溜っていった。

「何?お前。この俺にそんな態度取るわけ?」

「あうあー!うぁー!」

学天はぎゅっと手のひらを握りしめて、その華奢な腕で八面を拒絶する。
八面は舌打ちをすると些か乱暴に学天をソファに置いた。
ぼすんという音がして、一瞬学天が呆然と八面を見上げた。そしてすぐに大きな声で泣き出してしまう。
八面は息を詰めると先程まで腹にあった塊のことなど忘れてオロオロとしだした。
子供をあやす方法など知らないし、学天は先程から八面が触ることを嫌がってどうしようもない。
一体学天は何を嫌がっているのだろうか、と八面は焦り始めた思考回路を回しながら考える。

「ねぇ頼むから泣かないでよ!何?何が不満なわけ?」

手をオロオロ、視線をオロオロ。言葉が通じぬとはこれほど苦労するものなのか。
そして、ふと思い出した。先程臨也が言っていた言葉を。八面はまさかと思いすぐさま行動に移す。
泣きじゃくる学天を気にしつつ、八面は急いでコートを脱いで服を取り替える。
洗面台へと向かい、髪を一通りゆすぐとタオルを首に引っかけて学天がいるソファへと向かった。
ぽたぽた垂れる雫が服や絨毯に染み込んでいくが、そんなことに構うことなく八面は学天へと急いだ。

(これで拒否られたら俺、どうするのかな・・・)

もしかしたら殺してしまうかもしれない、と思いながら、でもやっぱりあの碧の瞳が輝かないのは嫌だなと思った。
今まで生きてきて仕事でも感じたことのない緊張を抱えながら、ソファでぐずっている学天へと手を伸ばす。
すると、先程まであんなに八面を拒否していた学天が瞳に涙を浮かべたまま必死になって八面の服を掴んできた。

「うぁうぁっぅぅっ・・・っ」

ぐすぐすとまだ泣きやんでいないのだろう。そんな中でぎゅっと学天は八面から離れないようにしがみついている。
八面は恐る恐る学天の背中に手を合わし、そっと抱きしめた。子供特有の少し高い温度が八面の緊張を和らげていく。

「よかった・・・」

無意識のうちに零れた言葉。八面は自分で呟いた言葉に気が付かず、重力に逆らうことなく身体をソファの上へと投げ出した。
学天は額を八面の首筋にこすりつけながら言葉にならない声を発している。
最近気が付いたことだが、これは学天の甘える行動の一つ。八面はまだ慣れぬ手つきで学天の背中を撫でてやった。

「あ~・・・焦った・・・。何お前、煙草の匂い駄目なの?・・・まったく」

まったくと呟いた八面の表情はその言葉とは裏腹に、どこかとても凪いでいた。

「やっぱり、言葉が通じないって言うのは結構面倒だね」

八面は天井を見つめてから甘えてくる学天を見つめた。
乾かさないでそのままにしていた髪が頬に当たって八面の体温を奪っていく。

(学天に、言葉をそろそろ教えなければいけないかもしれない)

自然と覚えていく言葉。けれど学天の年になってから言葉を覚えるのは些か難しい。それでも覚えさせ理解させなければ、きっとまた同じような事がおこるだろう。
八面は眉を寄せて、先程から脳裏を過ぎっている人物に電話をするため自室に置いてきたコートに入っている携帯をいつ取りに行こうかと悩んでいた。

続く・・・