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文鳥(前編)

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この人は情に厚すぎる。いつか昼間の町で堀田さんを見かけたことがある。俺は女と一緒だった。女が俺の腕に腕を絡めてしなだれかかり、踊りに行こうなんて事を言っていたような繁華街で、堀田さんを見かけた。堀田さんも女を連れていた。だが俺が連れているような商売女ではない。ボロ布のようなモンペやみすぼらしいシャツを着た若い女だ。腕には3、4歳ばかりの男とも女とも分からない子供を抱いていた。見るからに戦災で焼け出された若い娘のようだった。疲れ切りやせ細った顔をしていたがその顔は果たして少女のものであり、腕に抱いている子供は自分の子供というよりは弟か妹のようであった。そして女が俺の腕を引っ張っているのを無視しながら眺めていると堀田さんはその女と子供と一緒に食堂へと入っていった。

それからしばらくして堀田さん宅を訪れたとき、堀田さんの家から若い娘と子供の声が聞こえて俺は家へと入らなかった。そして次に訪れたときには娘はいなくなっていた。身寄りや身内を見つけてやったのか、職を見つけてやったのかは知らないが、それでもそういう事をしてやったのだろうと分かっていた。

――――――俺も堀田さんが抱く“そういうもの”、のひとつなのだろう、とふと思っていた。




籠の中では相変わらず文鳥が止まり木をそのか細い足で行ったり来たりしていたが、ふいに堀田さんの指の前へと飛んでいきその指の上に乗った小さな粟を口に入れた。

「へぇ、馴れるもんですね」
「だがまだ馴れていないらしい。文鳥は馴れるとようやく鳴くらしいが、私は声を聴いたことがない」

堀田さんは指を籠から引っ込めて嬉しそうに、しかし苦笑した。
堀田さんの感心と情がその小さな頼りない鳥に向いている事をなんとなく疎ましく思った。この鳥という小さな生き物は人間のことなどつゆ知らず、与えられる粟と水とを食らって頼りなく生きているだけである。そんなものをこの人が愛玩している事がなんだか気に食わなかった。


「良則、また酒の匂いがするな」


堀田さんが文鳥に目を落としたままそうぽつりと呟いた。
俺は黙ったままでいた。確かに昨夜から昼過ぎまで酒を飲んだり女を抱いたりしていたが、それでもこの人に悟られまいと湯を使ってきたばかりだった。脳には気だるい酒が残っていたが、それでも体臭としては残っていないだろうと思っていたが、そんな事はこの人には見通されていたらしい。
何も言わない俺に焦れたのか堀田さんは顔を上げて、じっとその小さな目で真面目腐って俺の顔をみる。
俺はようやく堀田さんの関心が自分に払われたことに多少満足し、口元に知らず笑みを浮かべて堀田さんを見返す。


無性にこの人に抱かれたいと思った。
その腕にしがみつき、その筋肉を体中で感じ、その首筋にむしゃぶり付いてやりたい、そんな凶暴な情欲を覚えた。


「良則、お前にこの鳥を貰って欲しくて、私はこの鳥を買ったんだ」


しかし堀田さんのその言葉に俺は眉を寄せた。鳥の世話をこの俺にしろというのか。
鳥と堀田さんを見比べ、眉を寄せる。文鳥は今ふいに岐路に立たされた自分の運命も知らずにただ黙って小首を傾げたり、じっと止まり木に止まっていたりする。こんな頼りない生き物を、自分の荒れたあの部屋へ持って帰る?そしてそれを俺は毎日世話をしてやる?そんな事は絶対に無理な話だ。家にはもう何日も帰っていないし、あの家にはもう何も残ってなどいない。そんな場所で暢気に鳥など愛玩する気などなかった。


「自分では駄目です。どうせ死なせてしまいます。」
「それでも構わん。私はお前に世話してもらいたいのだ」


堀田さんの目は真剣だった。
処分される事を哀れに思って買い取った鳥を、死なせると分かっている相手にくれてやりたい。それは堀田さんらしくない事だった。理由を問いただす俺に堀田さんは「私の我侭だよ」とだけ答えて、あとは黙りこくってしまった。



結局、堀田さんの初めて言った「我侭」に負けて文鳥を連れて帰ってきてしまった。
部屋の中は酷い有様だった。女中の一人もいない部屋は閑散としており、何日も換気をしていないせいで埃臭く、しんと冷えた空気の中にその埃臭さが入り混じり、そしてどこからともなく酒の臭いが混じっている。よくこんな部屋に空き巣の一人も入らなかったもんだ、と半ば感心する程である。


『文鳥は夜は籠のまま箱に入れてやれ。冷えるらしい。日中になればすぐに箱から出して、日の当たる、でも当たり過ぎない場に置いてやってくれ。それに毎日水を換えてやって、そして粟も確認するんだ。粟もよく見れば殻であったりするから注意してな』


それから、それから、と堀田さんは急かすようにしかしゆっくりと鳥の世話の仕方を説明してくれたが、その説明をひとつ聞くうちに段々と億劫になる自分を隠せなかった。確かに犬猫や子供よりは手間がかからないだろうが、それでも朝になれば箱から出す。夜になれば箱に入れる。朝と夜、その時間が面倒だった。最近では昼過ぎに起きて夜の繁華街やサロンへ足を運び、一晩中遊び尽くし、そこで捕まえた女をどこかへ連れ込んで、連れ込まれて、抱いて、また昼まで眠る。そんな生活のどこにこの鳥の為に割いてやるルーチンワークがあるというのか。


『何羽死なせたって構わない。でも私は、お前に、世話をしてもらいたいんだ』



――――そのためには何羽だって死なせるさ。

そう言って笑った堀田さんの顔は、いつもの安穏とした穏やかな表情ではなく、何かある種の静かな凄みのようなものを湛えていたのを思い出し、まるで重さというものを感じない鳥かごを見下ろす。薄暗い部屋の中で文鳥が何も言わずにただ揺れる止まり木にしがみ付いている。面倒だ、と思った。しかし堀田さんからの「我侭」を退けられるような気がしなかった。今の俺は大概クズだと思うが、それでも俺がそこらに転がっている人非人ほどクズでないのは堀田さんがいるからだ、と分かっている為に俺はこの鳥の世話をしなくてはならなかった。







作品名:文鳥(前編) 作家名:山田