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奏者

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※舞台設定やらもろもろにおいて10話のネタバレを含みます。ご注意ください。





































(いつかの運命のなかの二人の話。すくわれない)



「運命っていうのは、神様という天才で、残酷な指揮者によって流れているのよ」

とさやかが呟くので、はす向かいで味噌ラーメンをすすっていた杏子は顔をあげた。さやかは運ばれてきたチャーハンに手もつけずに、水のグラスばかりに口をつけていた。
中学生の女の子がラーメン屋なんて、と渋る彼女を無理やり連れ込んだのは二十分ほど前のことだ。なにを恥じらうことがあるだろうか。食えるなら、どこだっていいじゃないか。杏子はもう、女の子だから、という言葉には諦めを持っていたので驚いた。体裁を取り繕うには、彼女はもう様々なものを捨ててしまっていた。捨てざるを得なかったというのが、正しいけれど。とにかく、14歳の女の子の感覚をすっかり忘れていた彼女にとって、さやかの反応は新鮮で、すこし苛つくもので、かなしいものだった。
しきしゃ、と口のなかで杏子は呟いた。どうせ、おおかた、あの男の受け入りなんだろう。そういえば駅前のホールの看板に小さく、チラシが張ってあった。そのポスターにあったしあわせそうな男の顔を杏子は思い出して、胸のあたりがぢりりと軋んだ。忘れるようにラーメンをすする。まださやかはチャーハンに手をつけていない。

「・・・冷めるよ」
「え?」
「チャーハン」
「・・・ああ」
「・・・ちゃんと食いな。食べ物を」
「粗末にするやつは許さない、でしょ」

先に言葉を奪われて、杏子はいたずらっぽく笑うさやかを睨んだ。なんだこの女。笑えるんじゃねえか。
今度は杏子が水を飲む番だった。さやかは銀のスプーンですこしだけ湯気がでているチャーハンをすくう。
油の匂い、煙草の煙、テレビから流れるバラエティの声、中年の男の倦怠感と、青年の性欲が渦巻いているこの空間のなかで、2人は確かに異質だった。
2人がもつ少女の匂い、甘くてずるくて拙いものは、どれだけ隠していても、意識していなくても、つとつとと漏れているもので、そうして彼女たちは、店内の男たちが向けているものにも気づかない。
さやかのくちの中にスプーンが消える。

「暁美ほむらのはなし、どう思う?」

さやかの喉が動いたのを確認してから、杏子は切り出した。
さやかは、おいしい、と呟いてから杏子の目をまっすぐに見た。

「・・・信じられる、とでも思うわけ?」
「とても、だな」
「でしょ?意味がわからない。騙してるだとか、魔女になるだとか、なにもかも。わたしたちは正義のために闘っていて、それで現に人を救っている。それを止めようっていうのよ、あの子は」
「・・・あたしたちっての、やめてくんないかな。少なくともあたしはそんなもんのために魔法少女やってんじゃないよ」
「あーそうね、あんたは自分勝手な女だもんねえ」
「あのなあっ!・・・まあいい。今はあんたと喧嘩してる場合じゃないもんな」
「・・・そーね」

さやかはなにかうなずくようにチャーハンを食べる。
イレギュラーなのだ、なにもかもが、あのこは。杏子は蓮華でスープをかきまぜながら考える。
数週間前に突然あらわれた魔法少女は、とても”考えられないこと”を口にした。キュウべぇに騙されていること、魔法少女が魔女になること、ワルプルギスの夜がくること、彼女は運命を繰り返しているということ。
にわかに信じられなくて、杏子は彼女に詰め寄った。じゃあ前の運命では、あたしはどうなったんだよ、言ってみろと。暁美ほむらはすこしだけ、戸惑いながら、ちいさく答えた。
あなたは魔女となった美樹さんとの戦いを終えた後に、巴さんに殺されたわと。
杏子は思わず彼女を叩いた。ふざけるなと叫んだ。だけどどうしても、そんな馬鹿げた嘘を言うメリットも、思いつかなかった。

「あの子、なにがしたいのかな」
「運命をかえたいっつってな」
「運命ねえ・・・」

そこでさやかはまたスプーンを置いて、水を飲む。
運命を指揮しているものがもしいるのなら、それは神様と呼べるものだ。あの子ひとりがどうこうできるものでもないだろうに。だから質の悪い冗談だ。だけど。
さやかは少しだけ、震えていた。「魔女となった美樹さんに」と暁美ほむらは言ったのだ。その言葉をどうしてやり過ごせないのだろうか。彼女は杏子に気づかれないように、こっそり制服の、ポケットのなかに手をいれた。
恭介のコンサートが開催されることの知らせと、そうして彼に、彼を支えてくれる人ができた報告をうけたのは、昨日のことだった。弾んだ声で、電話をかけてきた、愛しいひとの声が、どうしてあんなに、残酷な処刑の宣告のように、聞こえたんだろうか。一枚いちまい、爪をはがされていくのなら、きっとあんなに痛いと、さやかは思った。この声を聞くことが、願いだったのだ。彼がもう一度舞台にたてること。うつくしい音を奏でてくれること。そのためならなんだってかまわなかったのだ。でも。
どうしてその隣にいるのが、わたしじゃないの?
心でどろりとしたものがうまれる瞬間は、経血がながれるのと、すこし似ている。

「あんたはさぁ」

杏子がすこし声を低くして呟くので、さやかは顔をあげる。いけない。また、わたし、ぐらぐらしていた。
さやかは、なに、と素っ気ないように返事をした。うまく声がつくれていたかは、彼女にはわからない。

「魔法少女になったこと、後悔してる?」

さやかは、まさか、と言おうとした。言いたかった。けれど口がうまく動かなくなって、こんどこそ素っ気ない振りもできなくなった。ぎゅうとソウルジェムを握る。
先ほどまで少女たちは、命を賭す場所にいた。くらくてつめたくてかなしくて、なにがゼロでイチかもわからない空間。そこで彼女たちはいつものごとく、作業のようにさみしいものを倒してきたばかりだ。そうしてなにごともなかったように、あたたかいご飯を食べている。ふつうのにんげんのように。

さやかは、ちゃんと言葉を紡ぎたかった。否定の言葉を。だけど、わたしはなにをしているんだろう。そう思うと、どうしようもなかった。
杏子は、ただまっすぐさやかを見ていた。すこしだけ、さみしそうに。

「・・・あたしはさ、正直、戻れるなら戻りたいって、思う時があるよ」

そう言って杏子はふっと笑った。さやかは笑えない。震える手で、ピッチャーから水をグラスについだ。

「でも、無理じゃん。そんなの。過ぎたことを戻すことなんて、できやしない。だからあの女のことも信じられない。でも、ちょっとだけ、持っちゃいけない希望ってやつを、持ってしまう」
「・・・なによ」
「もし、さ。あいつの言った通り、運命ってやつにいくつもの道があるんだったら、魔法少女でもなんでもなく、ただの14歳の女の子として、あんたと出会って友達になってた運命もあったのかなって」

そんでこんなラーメン屋なんかじゃなくてさ、かわいいケーキ屋とかで、恋愛話とかしてたのかなって、そんなばかみてえなこと、最近考えるよ。
作品名:奏者 作家名:萩子