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紅梅色の多幸な現

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「それは本当に、君の意思なの?」
 ピタリと帰り仕度の手が止まった。
「ある種の寄生虫は宿主の脳を侵して自分の都合の良いように行動させる。何かで見たことない? 触覚がイモムシみたいになったカタツムリとか」
 ギロリ、と睨んでくる。彼にしては珍しく本気で怒っているようで、手が飛んできた。
「……人間の脳は複雑で乗っ取られるようなことはない、と聞きました」
その腕を掴んで止める。生白い皮膚の下に青い血管が透けて見えた。上京してきた当初より明らかに細くなった、病人のそれと言われれば信じられそうな腕には幾つもの痕が散っている。それは艶めいた鬱血痕ではなく色素すら壊れて他より更に白くなり、やや引き攣った傷跡だった。
「分からないよ? 相手は常識の通じない化け物だ。想像の及びもしない方法で君を操ってるかも知れない」
それだけ、痕が消えない間に傷に傷を重ねるように食い続けられているということだ。
「そうでなきゃ、寄生蟲なんかが只で食餌にありつけるわけないじゃないか」
 臨也には自身の口元が歪んでいる自覚があった。喋る間にも咽喉がクツクツと鳴っている。帝人の表情も怒りから怪訝へと変わっていて、その瞳に映る臨也の虹彩はぼんやりと発光してる。
「それを踏まえてもう一度だけ聞くけど」
色は赤、但し鮮やかなそれではなく、空気に触れて変色した血液のような、暗い、鉄の色。
「献血しない? 有償で」
 臨也は彼が愛せない化け物の中でも有名どころの吸血鬼、その一種『甘楽』である。ちなみに自分が化け物だからといって臨也が自分を呪うか、といえばそうでもなく、愛しているのは人間という他人だから彼としては特に問題はない。そんなことより問題なのは吸血鬼の中でも力が強い方で、それに比例して大食なことだ。空腹なら人間1人くらい易々と食い殺せてしまうのだから、直接的に手を下すことを嫌う臨也には面倒なことこの上ない。それでも人間を唆す術に長けた彼は飢えが過ぎる前に適当な人間を捕食するので、今回も空腹というわけではない。
「お断りします」
帝人もそれを分かっているのだろう。もしも空腹で死にそうだったなら少しは考えたかも知れないが実際的にそうではないので、掴まれた腕を振り払おうとして、しかし力の差からそれが出来ずに言葉で抵抗してくる。
「いくらでも払うよ?」
「いくら積まれようが返事は変わりません。僕は園原さんのものですから」
「だからそれは君の意思なの?」
「はい」
先程した同じ質問への反応とは打って変わって即答だった。へえ、と揶揄するように笑っても帝人は臨也を睨むことを止めない。
「根拠と理由は?」
「有料情報です」
「ヤキトリの分くらい教えろよ」
「奢ると言ったのはどの口ですか、金持ちなのにせこいですね」
まあ良いですけど、と言って睥睨は掻き消され、今までのそれが嘘のような笑顔。
「好きだからです」
 それだけが返された。何が、何を、そういった主語も目的語もなく、根拠とも理由ともつかないただそれだけの言葉だが、それが全てのようにも思える。笑顔は穏やかなのか険呑なのか判別し難かったが、それ故に楽しくなってきた。
 人間は臨也の知らない面をまだ持っている、それを全て暴きたい。やはり愛すべきは人間だ。ならば臨也は臨也なりの愛を以って人間を更なる窮地に追い込まねばならない。故に人間の1人である帝人も例外ではなく、これからも彼が狙われるのを助長する。ただこの場で楽しませてくれたことに感謝して値段は吊り上げてやっても良い。
「答えましたよ、放して下さい」
 そんなことを考えながらニヤリと笑って、どうせ接触した時点で殺害対象なのだから味見くらいはしておかなければ損だ、と帝人の腕に歯牙を突き立てたその時、ガシャアァァン、と音を立ててガラスを突き破り黒い影が現れた。
「お邪魔します、吸血鬼の殺害方法を買いに来ました」
杏里がセルティに頼んだのか、それともセルティが杏里を拾って来たのかは知れないがこれは予想通りだ。これだから化け物はつまらない、と舌打ちしている間に帝人の腕を掴んでいた手が容赦なく斬り飛ばされる。臨也から放された帝人はセルティに抱き留められた。
「買いに来たのに俺を殺そうとするってどういうこと」
「実際に滅殺出来れば問題ないので」
斬り離された腕が蝙蝠と化し、バタバタと忙しなく飛んで切口へと戻ってくる。その間にも一閃、また一閃、と刀は振り回された。人の形でも充分な回避力を持つ臨也が霧化するまでもないが、家具や備品などはそうもいかない。ローテーブルとソファは既に真っ二つになっている。
「ちょっと運び屋、この娘どうにかしてよ。一応この部屋、借家なんだけど」
『知るか』
もう暴れるだけ暴れさせようと思っているらしいセルティは脱力した帝人をサイドカーへと固定していた。それを確認するだけの間も攻撃が止むことはなく本棚が斬り裂かれ中の本が蝙蝠のように散り、その近くにあった観葉植物が倒れた。流石にこれ以上、部屋を散らかされると片づけが面倒なので応戦しようとナイフを構えたのだが、
「そのはらさん」
帝人が名を呼んだだけで杏里の猛攻がピタリ、と止む。
「かえろう、おなかすいたよね」
言われるや否や彼女は刀を下げ、臨也に背を向けてサイドカーへと乗り込んだ。あれだけ殺気を撒き散らしていたにも拘わらず、それを跡形もなく消して帝人へと寄るが、それでも一瞥くれてくる視線は冷えきっている。彼女の殺意は拡散せずに睥睨に集約されるらしい。
「お邪魔しました、次は殺します」
宣言の後、ヘルメットを被った杏里を見届けてバイクはやはり窓から出て行った。
「……何階だと思ってるんだか」
使うことのなかったナイフをしまい込み、歯牙についた血を舐め取る。
 評価は中の上、癖がなく熱狂的な需要はないが万人に受け入れられる普遍性。血液より彼自身の方が余程に癖がありそうだが、結局、彼が何を思って食餌などやっているのか正確なところは分からず終いである。
「ま、機会がなくなったわけじゃないし」
 取り敢えずは部屋の片づけと、杏里かセルティに損害賠償を請求しようとどうにか使える机へと向かった。





 向かったのだが、その晩になって回復したらしい帝人から、昼間の件について杏里やセルティに賠償金を請求したら噛みついたことを傷害として訴える、という内容のメールが来た。何処に訴えるのかは明言されていなかったが、なかなかに狡賢い彼は面白みはあっても相応に面倒なことを仕出かしてくれるに違いない。
「……わざと噛ませたな」
あれだけで愛せもしない化け物からの被害を自腹で始末することになろうとは想像出来ず、これだから人間は、と喜ぶべきか、コノヤロウ、と怒るべきか分からなくなる。
 しばし考えて臨也は思い切り舌打ちした。
作品名:紅梅色の多幸な現 作家名:NiLi