紅梅色の多幸な現
錆鉄色
最近よく乞われる情報があった。自ら餌になったという少年の居所である。
情報屋である折原臨也は職業故に当然ながらその情報を持っていて、報酬に見合った情報は虚偽なく平等に売り捌いていた。金の分をばら撒いたと言い換えても良い。
臨也は人間を愛していた。だから愛すべき人間が窮地に陥った際に見せる感情や言動のという反応を余すことなく眺めるのを趣味にしていたし、そのために情報屋という自身ですらクソッタレと思う商売を続けている。反面で彼は化け物が嫌いだった、愛せないと言った方が正しいかも知れない。人間が紆余曲折を経て手に入れる結果を、凡そ何の努力もなしに完結させてしまう者共は見ていて実につまらない。
故に臨也は人間が好きで、化け物が嫌いで、愛すべき人間の1人である少年を追い詰めるべく、しかし愛せもしない化け物共に只で情報をくれてやるのも癪に障るので、金を払った輩にのみばら撒いている。
しかし少年は現在も五体満足で貧血以外には特に生活に差し障りもなく日常を謳歌しているようだった。
原因は考えるまでもない、少年に食うことを許された捕食者の少女が近づこうとする他の捕食者全てを迎撃しているからである。恐らく少年の親友も、少女に味方している生粋の化け物も少年の保護に努めているのだろうが、少女のやり方はとにかく容赦がない。初対面で惨殺された例もあるらしい。人間と異なり死体が残らない輩もいるといっても随分な無茶だ、捕食者の全てが自動的に消えてなくなるわけではない。現に惨殺されたその捕食者の死体は見せしめらしく路地裏に打ち捨てられ、彼に近づくな、という血文字までくっきりと残されていた。臨也はその目で見た者として過激な脅しだったという感想を持っている。噛みつき千切った血肉がその喉を通り消化される、その過程が万に一つも成されないように首は皮一枚で繋がっているだけで今にも転げ落ちそうだったし、その首にある口は耳まで裂かれ、腹からは内臓が飛び出て、否、引き摺り出されていた。そこまでした少女の思惑とは裏腹に、しかし他の捕食者へそこまでして手放したくない餌、という期待を抱かせてしまったのだから臨也にとってはもう笑い話の域だった。
さて、臨也は思案する。
確かに噂通り、少年は少女に何の見返りもなく自らその身を献じ、しかも少女は寄生蟲である。彼の親友が人間を捕食するならばその限りではなかったかも知れないが、他の捕食者は少年に拒まれている。何の因果か少年の周りは化け物だらけで、捕食者だらけで、最初に手をつけたのが少女だったとはいえ、快楽を齎す吸血鬼や淫魔でも有用性のある悪魔でもなく、何故に寄生蟲を選んだのか。
考えても答えが出る筈もなく、他と同じく攻撃されるのが目に見えていながら臨也は携帯電話を手に取った。
帝人と接触するのは簡単だ。
「ご馳走様です」
学費以外は親からの援助を絶ってまで上京してきた彼は苦学生で、要するに経済的に余裕がない。旨いヤキトリを奢るついでにアルバイトをして欲しい、と言ったらあっさりと新宿まで来た。往復の交通費まで請求してくるので釣りは要らないからと千円札を渡すと遠慮なく財布にしまい込むのは予想外だったが。
「それで、僕は何をすれば良いんでしょう?」
臨終収入が得られる、と彼は浮かれている。嬉々とした笑みだが、その顔は明らかに血色が悪い。
「献血して欲しいんだけど」
「しません」
なので用件を伝えた途端に笑顔を凍らせて即答される。蔑視が混ざっているのも気のせいではなく、見れば分かるだろう、本当は知っているのだろう、と言いたいようだ。その通りなので苦笑して両手を挙げてみせる。
「杏里ちゃんで手一杯かな」
「そうであろうとなかろうと、彼女以外にあげる血は一滴もありません」
用件はそれだけですか、と帝人は帰り仕度まで始めるが勿論、用件は終わっていない。