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非日常は身近にあり

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 困った。
 一言でいえばこれ以上ないほど簡潔。竜ヶ峰帝人は困り果てていた。
 池袋に出てきて早一月。渇望したような非日常も体験したし、都市伝説と言われている首なしライダーとも友人になれた。幼馴染経由で友人もできたし、順風満帆とは行かないまでもこれから訪れるだろう日々に心躍らせていたというのに。

「補修工事なんて……」

 カンカンと工事の音が響くアパートを見上げて溜息をつく。正直それは望むところなんだけれど、なんだってこうタイミングが悪いのか。
 帝人の住むアパートはボロだ。ボロボロだ。幼馴染にして親友、帝人を池袋にまで引っ張り出した正臣が絶句し、知人の情報屋には人の住む場所かと言われたくらいにボロい。
 だが家賃は安い。一人暮らしの苦学生となれば否やはない。幸い築年数に反して雨漏りはないし、多少壁が薄かろうが気にしない。もとからそんなに騒ぐ性質ではない。パソコンがあれば十分暇つぶしができるのだ。セキュリティがなかろうとも気にしない。鍵がかかれば十分だ。元から盗まれるようなものなどパソコンぐらいしかないし、こんなアパートに侵入する輩なんぞ……確かにいたがあれは除く。
 最近遭遇した非日常に思いをはせながらも、いやいや今はそれどころじゃないと頭を振る。上京早々こんなことになるなんて。
 そう思ってもアパートの改修は決まったことだし、既に施工されているものを帝人が同行できるわけもない。溜息をつきながら携帯を取り出し、電話帳を開く。
 脳内に真っ先に浮かんだのは幼馴染の姿だったが、彼は親との同居だ。幾ら幼馴染で付き合いも長いと言っても一日二日ならばともかくいつ終わるかとも思えないこの改装の間ずっと、というのは流石に無理だ。こっちにきて知り合った、都市伝説でもあるセルティも同様。杏里は論外。
 どうしようか、と再び途方に暮れる帝人に着信が鳴る。表示された名前は実家の母。
 とりあえず電話に出れば、大家は先んじて実家の両親に知らせていたらしい。こちらの状況を見こしていた母は何のこともなげに告げた。

 曰く。こちらの親戚に御厄介になりなさい、と。

 親戚なんかいたのかと目を丸くする帝人に、電話向こうの母は呆れたように呟いた。確かに遠い親戚だけど昔はお兄ちゃんって懐いていたでしょう。その言葉に本気で自分の記憶が信じられなく、脳内を慌てて探る。
 そんな息子を知らず、母は無情にも相手には話を通してあるからあまり迷惑をかけないようにねと注意と帝人の体調に関する労りの言葉を述べて通話を終えた。帰ってこいと言われなかったことに安堵するも、無情にも響く切断の音を聞きながら帝人は本気で考える。お兄ちゃんって誰。
 朧げな記憶を辿れば、確かに昔、それこそ幼児といえるほど幼いころに遊んでもらったような記憶はある。一人っ子の帝人だからなおさら兄が出来たような感覚で嬉しかったのを憶えている。しかし、顔は思い出せない。
 名前も顔も連絡先も分からなければ手の取りようがないじゃないかと先ほどとは違った意味で途方にくれながら、帝人は恨めしげに携帯を睥睨した。と、それを見計らったように掛かる声。

「やあ帝人くん! なにをそんな辛気臭い顔をしているのかな」
「……折原さん」
「やだなぁ臨也でいいってば」

 軽口をかわしながらぽん、と背後から肩に手をつかれる。振り返って仰いだ先には何が楽しいのかいつも以上ににやにやと笑う情報屋の姿。
 ともあれ、丁度いいとも帝人は思う。臨也ならば職業柄短期滞在型のホテルなども知っているだろう。懐は痛いが、なんとかするしかない。その親戚が分からない以上、頼ることなど出来ないと帝人は腹をくくった。
「臨也さんに、お願いしたいことがあるんです」
「んーなにかな? まあそれはこっちにもよるけど」
 こっち、と右手でお金を示すジェスチャーをしながら、臨也は笑う。視線はもちろん工事中のアパートだ。
「見たとこ、解体中? さしあたって君が聞きたいのは手軽な滞在先の情報かな?」
「よくわかりましたね」
「そりゃね」
 ひょいと肩をすくめながら臨也は置いた手を離し、くるりと正面に向かう。丁度帝人と向き合う格好だ。もう初夏に入りかけているというのに変わらず纏うコートがひらめく。
「まあ俺もこっちの不動産系にはそれほど詳しくないんだけどね。とりあえず君の希望は?」
「安いところで」
 即答に笑いが返る。仕方がないだろう。半ば憮然としながらも睨む帝人に、ごめんごめんと軽く謝り、情報屋はぴっと指を立てる。
「今の君にピッタリの物件が俺の知る限りで一つある。乗るかい?」
「……内容は?」
 返した声ににっこりと臨也は微笑んだ。完璧すぎる、計算された笑顔。だがそれはどこか作り物めいた虚実を孕み、不安をも抱かせる。帝人もまた一瞬だけ眉をしかめながら続きを促した。
「池袋近辺、日当たり良好、部屋数も問題なし、家賃、光熱費、水道代、全てがタダ。精々食費程度かな? まぁそれだって特には必要ないね」
「……胡散臭すぎるんですが。なんですかそれ」
「言うなあ君も。大丈夫さ。対価として家事をしてくれればいいんだから」
 家事、と首を傾げる。日々の労働を対価としてもそれは破格すぎやしないか。
 当然の疑問に臨也は見越したように笑った。そのまま腕を伸ばして帝人の手を取る。ぎゅっと握りしめられた力に目を向けば、臨也はそれはそれは楽しそうに笑う。まるで望んだものが手に入ったかのように、満足気な笑みで。
「さあ行こうか! あ、何か取ってくるものあるなら後でね! なんなら業者呼ぶから」
「え、ちょっ、待って下さい!! 僕はまだいいなんて言ってません!」
「だーめ。ほら行くよー」
 掴まれた手は離されることなく、そのまま引きずられるように帝人は臨也について行く。なんでこうなったんだろうと頭の仲はぐるぐると回るが、その実、口の端は笑んでいた。
 帝人が好む非日常の側にいる、臨也。新宿の情報屋の名前はネットでも現実でも密かに噂されている。常に周囲で非日常を展開する彼と共にいるのはとても興味深く、好奇心をそそられる。
 提供する話題も幅広く、帝人が得手とする情報系やネットにも強い。かと思えば他愛のない流行などにも敏い。処世術だからね、とさらりと流す彼との会話は退屈しない。
 端的にいえば、好意を持っているのだろう。臨也の悪辣さ、非道さを幼馴染から教えられているにも拘らず、帝人は臨也に惹かれている。そして臨也も理解しているのだろう。先程から握った手を離す気はなさそうだ。
 でも、いくら知っている人間だとしてもこれは別だ。
 今だ引きずられるままだったが、帝人は意を決して問いかける。前を歩く臨也の歩調が少しだけ緩やかになる。
「あの、臨也さん」
「なんだい?」
「さっきのお話ですけど、その、大家さんの方も知りませんし……幾らなんでも見ず知らずの方の所にお世話になるのは」
 当然の疑問を口にすれば、ああ、と臨也は今更のように呟く。
「言ってなかったっけ。まぁ聞いてると思ってたんだけどなぁ。それはともかく、帝人くんの心配は杞憂だよ。見ず知らずのところじゃないから」
「え、それって」
作品名:非日常は身近にあり 作家名:ひな