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【春コミ】ワールドエンド・アウトサイド【サンプル】

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新宿にある、とあるカラオケの一室である。帝人が瞬きをすると同時に、臨也はくすり、と笑った。笑みだけで夢見がちにもロマンスを思い描く少女あたりは運命を感じ取ってしまうのではないかと思えてしまう青空のような笑みだった。臨也は笑みを保ったまま、ゆっくりと首を傾げて帝人の手を握る。冷えた指先を労わるように数回撫でた臨也は、赤い瞳を細めて帝人の名前を呼んだ。
「いいんだよ、俺は」
からかいを帯びた、たのしげな声音を、帝人は聞こえなかったとでも言うように首を振った。臨也は慈しむように目を細めながらも帝人を見据えて、いいんだ、と声を上げる。
「何もかも君がしたいようにすれば」
優しさを塗りたくった甘味料塗れの吐息を含み、臨也はこれ以上ないと思わせるような蕩ける笑みを浮かべて帝人を見つめた。帝人は指の先だけをぴくりと動かして、臨也を見上げる。その瞳の濁りに愛着を抱いている様子で、夢想するかのように臨也は帝人の頭を撫でた。帝人の目は臨也を睨むように細くなり、必死に不快感すら示している。
「必要なら協力なんて惜しまない」
甘い、まるで もしかしたら折原臨也という存在は甘さだけで出来ているのではないかと万人に思わせてしまいそうなほど 優しく落ち着いた声音で臨也は続けた。帝人は臨也を見続けている。体を小刻みに震わせながらも臨也を見続け、唇を真一文字に引き結んだ帝人へ甘い笑みを向ける情報屋の青年は目を細めた。声はどこまでも甘く、どこか幼くどこか大人びている。
「君の全てが見られるのなら、安いものだよ」
ねぇ 間延びした柔らかな柔らかな、マシュマロのような声で臨也は帝人へ呼びかけた。帝人は瞬きを繰り返し行いながらも はい と小さく声を上げる。臨也の微笑みは甘く、とろりとした蜂蜜を思わせる。それでもその蜂蜜は決して自然に出来たものではなく、何か甘たるいものを混ぜ合わせ体裁をより一層見栄え良く整えただけのようにも見えるので帝人は更に唇を結んだ。
「俺は、君に恋しているのだもの」
だからいいんだよ。臨也はくすくすと笑う。献身こそが恋であるような臨也の態度に、帝人は重苦しく吐息を吐きだした。臨也は帝人の態度をどう受け取ったのか、より一層笑みを蕩けさせた。

「君は俺を、きっと裏切るよ。きっと、ね」
かつて男子高校生であった折原臨也は高らかに宣言して、今現在男子高校生である竜ヶ峰帝人を見つめた。年齢の差というものはいつだって正直者であるので、例えばアルバイト、近所づきあい、その他何か特殊な事情が無ければ会話することはおろか視線を絡め合うことすらなかった二人は、しかし世界に蔓延するネットワークで運良く、また運悪く出会い 出遭ってしまったのである。竜ヶ峰帝人はその奇異な巡り合わせに感動する暇もなく、はあ、と曖昧な声を上げた。根がまじめで大人しい帝人はこの世に生まれた順列でもって目上の臨也へ宜しくない発言をしてしまうことは避けたかったし、尚も明確な言葉を述べようとすればきっとそれは口の悪いものとなってしまうことも明らかだった。臨也は帝人の貞淑な思考などとうの昔に見破っているのだとばかりに笑う。その笑みは整い過ぎているほどに美しく、精巧であり、美麗である。
「僕はそんなに、信用がないんですか」
帝人は臨也の視線から逃げたいがためにどことなく恨んで聞こえる声を上げた。臨也はその言葉が甘えの一環であるかのように肩をすくめ、幼い子供にいって聞かせるような甘やかな声で 違うよ と囁く。
「正直に言ってしまえば、俺がそう思いたいだけさ」
君は俺を裏切り、俺でない物を選び、俺でない物で安堵を得る。臨也の言葉は明朗としており、いつもの人を小馬鹿にしながらも限りなく愛おしく思っていると言わずとも伝えている声とは一線を画していた。
「どうしてですか」
帝人は説明されてからますます掴めなくなった臨也の意図を問いただすためにきつく言葉の端を持ち上げ声を返す。臨也はくつりと笑い、帝人の頭を撫でる。
「俺でなくてもね、いいんだよ」
臨也は笑い、帝人へそれ以上の説明を続けることも無く、まるで一連の会話がなかったもののように気軽な物言いで すきだよ と喉を震わせた。
「すきだよ、帝人くん。君が、大好きだ」
臨也の歌うような告白に、帝人は目を細める。何となく確証も無く、帝人は臨也が自分の頬を撫でる気がして無意識に目を閉じた。臨也は目を軽く細め、赤い瞳を更に濃くしながら帝人の頬に触れる。ひやりとした感覚は覚悟したはずなのに冷たく、帝人は結局 小さく肩を跳ね上げさせてしまう。臨也はくすくすと笑いながら、宥めるかのごとく帝人の頬を撫でつづけた。すきだよ、呟かれた言葉は正しく毒のように、指先から頬に移り肌へと浸みこんでいく。帝人は目を細め、臨也を見上げて 毒が全て回りきってしまう前に微笑みを浮かべた。
世界はいつだって、モノクロである、と おもう。
だからこそ、意味が無いことも意味があることも、ある。

――それだけの問題を、延々抱えてしまっているだけだ


竜ヶ峰帝人の立ち位置は揺らぎやすくぎこちない、折原臨也という眉目秀麗な青年の恋人、である。例えばこれが彼の同級生である大人しい少女であったりするならば 例えばこれが池袋で最強を噂される青年であるならば、きっと周りは何事もないかのように帝人と相手の恋路を祝福するのであろう。池袋は些細な留意点など気にも留めない、不可思議に不思議を混じり合せた街である。だがしかし、竜ヶ峰帝人にとって折原臨也という男は、正しく最も悪い組み合わせであった。それを自覚しているのは両者であり、つまりは、そう 報われない恋愛などというものを、実践してみただけの話、である。

「帝人くん、帰る時にメールしてよ」
臨也はかたかたとキーボードを打ちながら声を上げ、ふわりと微笑んでみせる。その仕草はまるで大人のそれであり、帝人は臨也が自分といる その瞬間瞬間気を抜かない様子であるのを見つめながら どうしてですか と声を上げる。別に関係も無い、帝人の言葉を先走って捉えたように、くすりと臨也は笑って首を傾げた。

(笑い方だけが 豊富だったり、)

「俺がいないかもしれないだろう?」
「いなくても、困りませんよ」
嘘、臨也の言葉は柔らかく確信に満ちていた。真綿で絞められるよりも心地いい圧迫感とはなんだろう、帝人はぽつぽつと浮かぶ感情を、泡のように空気に溶かす方法はないか考えながら 携帯 と声を上げる。
「いつも 気にしてくれますか?」

(態度はいつだって 隙間のない おとなだったり、)

臨也は、帝人のその言葉が聞きたかったとばかりに微笑み、勿論と声を上げる。パソコンに向かいあう時だけに付ける眼鏡越しに見つめられた帝人は、無感動に臨也を見返しながら   嘘、 と笑って返答する。

(ひどい人もいたものだなあ なんて思う僕だって、)
途中まで送るよ、臨也は帝人が曖昧に連絡をすると声を上げたと同時に立ち上がり、彼を象徴するかのような黒いコートを羽織って笑った。帝人は いえ と言いかけ、少しだけ黙って頷く。臨也がころころと笑いながら眼鏡を外し、帝人へ目を細めた。
「いつもそうなら可愛いものなのにね」
「飽きられたくはないんです、まだ、今のところは」