フレンズ
そのときは正直、夢のような話だと思ったし、夢だったとしてもそれはそれでいいやという気がしていた。実際にふたりともストレートでめでたく受かり、トントン拍子に同居を始めたときでさえ、その気分は続いていた。ほとんど使っていなかったゲストルームに、机やらテーブルやらが運び込まれていくのを眺めながら、さていつまで続くかなあ、なんて思ったものだ。
なんたって花の女子大生だし、亜美ちゃん美人だし、すぐに男ができて、そしたらおさらばかもね。みのりちゃんのご飯おいしいし、掃除も洗濯も楽だから、ちょっと惜しいけど、まあいいか。そんなことを思いながら、気がつけばふたりでクリスマスケーキを食べていた。サークルの先輩がひどいとか、バイト先の高校生がなってないとか、そんな愚痴をさんざん言い合いながら、ついシャンパンを飲み過ぎて、揃って二日酔いした。来年こそはもうちょっとかっこいいクリスマスの過ごし方したいわね、なんて言い合いながら、翌年も結局似たような感じだった。夏には籠一杯のお素麺を、冬には鍋をふたりでつついて、花の女子大生にはおよそふさわしくない、地味でだらだらした生活をあたしたちは送っていた。
驚いたことにそれが4年以上も続いた。彼女が恋人と一緒にアメリカへ行くことになって、鼻水をたらし泣きじゃくりながら家を出て行くその日まで、喧嘩らしい喧嘩もそれほどしなかった。手紙を書くよ、ニューヨーク土産でなにかほしいものがあったら言っておくれよ、彼女はあたしの手を強く握って何度も何度もそう繰り返し、空港のエスカレーターの上、姿が見えなくなるまで大きく手を振っていた。
「寂しくなるな」
「べつに」
そう言うと、かつてあたしの好きだった人は目を細めて、無理しちゃって、と笑った。
「もういいわよ、クッキー食べましょ、おいしいのよ、さくらの味で」
あれから何回目の春だろうか。ここのコーヒーショップは高校のころから変わらない。トールサイズの値段が少し上がったくらいだ。ブラックで飲めば相変わらず、少し苦い。
「でも、意外だったな、お前どうせ続かないってよく言ってたのに」
「あら、あたしは長続きするだろうって、初めから分かってたわよ」
昔の手乗りサイズよりも、ほんの少しだけ大きくなった虎のほうを見る。まだ歯が生えたばかりの、彼女そっくりの小さな虎を胸に抱いて、哺乳瓶のミルクを与えながら、いつもの得意気な笑みを見せている。
「どうしてよ?」
「そりゃ、だって、あんたたちは、」
あたしのだいじな友達だもの。
虎ははにかみを見せながらそう告げる。歳を取ってくると、正直になろうって思うものよ、と言う。
正直に、か。
夏になったら、あたしは海を越えて、あの鉄砲玉みたいな子に会いに行く。自由の女神に登って、マンハッタンを一望して、ブロードウェイでお芝居見てホットドッグでも食べて、思いっきりベタなニューヨーク観光してくる。
そういえば、まだあの子に大好きだって言ったことがなかった。久し振りに会ってそう告げたら、いったいどんな顔をするだろうか。