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ちょうどいい距離

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「……はい、はい、わかっております、はい、ご随意に」
 電話に向かって何度も頭を下げてしまうのはもはやくせだろう。
 そのたびごとに何かが削りとられる気がしたが、今日は一等酷かった。
 ようやく電話を切ったときにはもう疲労困憊としか表現できない。
 電話をしただけでげっそりとやつれたような気分になりながら、そっと息を吐く。
「……ふぅ」
 しかし、一息ついたと思ったのも束の間、すぐに手元で音が鳴り響いた。
 携帯の着信音だ。
 固定電話の電話線は停電に備えて抜いてるから、今自分と繋がるのはこの電話しかない。
 しかも私用携帯はすでに電源を切ってあるから、残るは仕事用のこの携帯のみ。
 となると必然相手は限られてくる。
 だが、この電話にわざわざかけてくる相手をむげにするわけにもいかない。
 そんなことをすれば、のちのちよけいに面倒になるだけだろう。
 内心うんざりしながらも、仕方なしに通話ボタンを押す。
「……はい、日本でございます。……え」
 思わず固まってしまった耳の奥で、聞き慣れたというべき低音が静かに鳴り響いた。
『え、とはなんや、えとは』
 あきれたような声の主の表情まで想像できる。
 おそらくあきれで半眼になっているであろう三白眼から逃れるように無意識に身を縮めていた。
「い、いえ、はい、お久しぶりですオランダさん……」
 男の名を呼んだとたん、相手は打てば響くようにうなずいたようだ。
 耳に心地いいほどの低音が言った。
『ほやな、久しぶりやな。私用携帯の方電源ずっと切っとったやろ?』
 遠慮なくずばっと踏み込まれて言葉に詰まる。
 この男はこういうとき容赦がない。
 普段は取り付く島もないぐらい無口で寡黙で面倒くさがりなくせに、いざとなったら雄弁なのだ。
 しかも的確に無駄なく人の傷口をえぐる。
 言外に敵前逃亡をほのめかされて、弁解するような言葉がなかった。
「え、ええ、まあ、なにぶん私用ですので……」
 言葉を濁して答えると、意外にもそれ以上の追及はない。
 オランダはむしろさらなるあきれをにじませて、ため息をついたらしかった。
『相変わらずまじめやのう。他の連中も心配しとったで。お前に直接繋がらん言うてな』
「……すみません……」
 反射的に謝ってしまったのは、身についたくせみたいなものだ。
 それを卑屈だなんだのと言われて当てこすられることもあるが、いい加減付き合いも長いオランダにはさしたることでもないらしい。
 驚くほど淡々とした口調で返されてしまった。
『別に謝れ言うとらんやろ。未曾有の大地震つう非常事態やしな』
「……はい……」
 さらりと言われて素直にうなずく。
 こういうとき、オランダのそばにいて居心地がいいと思う。
 両手を広げて迎えられることもない代わり、噛みつくように拒絶されることもない、実にちょうどいい距離感。
 オランダは知ってか知らずか、それを常に心得て行動してくれる。
 今も直接的ななぐさめや激励の言葉を口にすることもなく、あくまで自然体で接してくれていた。
 浴びるような心配やら応援の言葉を受け続けてきた身には、むしろ心休まる思いがする。
 自然と肩の力が抜けたのを見計らってか、これまたちょうどいいタイミングでオランダの声が聞こえた。
『で、どないや』
「は、はい、なにが?」
 なんのことかわからずに、受話器の向こうで首を傾げると、不意に。
 オランダはらしからぬほど穏やかな口調で言った。
『ほやから、お前が大変なんは重々わかっとる。無理、すなや。お前が倒れたら元も子もないさけぇな』
 その瞬間のどの奥がひゅっと鳴った音。
 思わず怒涛のようにあふれそうになる何かを押しとどめて謝罪を口にする。
「……っすみませ……っ!」
 声音があからさまに揺らいでしまったのがわかったが、自分でもどうしようもできない。
 次から次にこぼれそうなおえつをこらえれば、受話器の向こうの声がやさしくほどけた。
『あほぅ、そういうときは無理せんと泣いたらええんや』
 まるで大きな手で頭をなでられているような錯覚。
 なだめるように流れる静かな声に、けれど逆らうようにして懸命に首を振る。
「ですが、私がっ……しっかり、せねば……っ」
 こんな大変なときに自分がしっかりしないでどうするのか。
 長年かけ続けた暗示の言葉を引っ張り出そうとするも、すぐにオランダがそれをさえぎる。
 いかにも予想通りだと言わんばかりの笑いをにじませ、オランダはきっぱりと言い放った。
『そう言うと思うたわ。ほやったら、しゃっきり鍵開けてもらおか』
「……え?」
 何のことかわからずぽかんと棒立ちになっていると、窓越しにはっきりとした肉声。
 明り取りのために開けていた雨戸の隙間から長身がのぞいていた。
 ついでにこつこつと窓がたたかれる。
「ほやから、鍵。開けま」
「ええっ!?」
 月明かりでもそれとわかる彼(か)の人の姿に動悸が治まらない。
 震える手を伸ばして鍵を開けたときには、震える声しか出てこなかった。
「いらして、たんですか……?」
 ぺたりと縁側に座って長身を見上げれば、この寒空の下でも確かな体温(ねつ)を感じ取れる。
 正真正銘本物だ。
 本物のオランダだ。
 握っていた携帯を落としかけた瞬間、静かに長身が近づいてきて、それをそっと手に取った。
 通話が切れていることを目視だけで確認すると、またそれをこちらの手に押し込んでくる。
 流れるような所作の最後にさりげなく寄せられた面が、耳元で当然のようにささやいた。
「ほや。そろそろ糸が切れるころや思うてな」
 何もかも見透かしたかのような声音にまたじわりと目元がうるむ。
 今うれしいのか泣きたいのか自分でもよくわからない。
 ぐちゃぐちゃになった感情を自分でも推し量りかねている間にふと視界が陰った。
 何事かと思う間もなく、ややそっけない声音が言う。
「ほれ」
 言いながら、顔にぐりぐりと押しつけられたものに目を白黒させた。
 本気で何がなんだかわからない。
「え?」
 ぼんやり固まっていると、オランダが淡々と言った。
「うちの新作うさこや。持ってきた」
 そう言いながら再びぐりぐりと押しつけられたのは、どうやらうさぎの巨大ぬいぐるみらしい。
 オランダの母国を代表する人気キャラクターの白いうさぎである。
 その見上げるような長身と鋭い容貌にも関わらず、オランダはたいそうかわいいもの好きなのだ。
 色々なうさこグッズをくれたことも一度や二度ではない。
 何体目かわからぬうさぎのぬいぐるみを抱きしめて、反射的に礼を口にしていた。
「は、はい、ありがと……ございま……す」
 しかし、言葉にするはしから、ぼろぼろと声が崩れて音にもならない。
 あふれ出すものも抑えられなくなる。
 せっかくもらったぬいぐるみを汚してはいけないと思い、慌てて身を退きかけるも、有無を言わさぬ力がそれを許してくれなかった。
 ぎゅぅと前より強く押しつけられるうさぎの向こうで、オランダの静かな声が響く。
「今泣いてるんは、俺のうさぎや。うさぎは淋しかったら泣くさけぇな。ほら、うさぎが淋しないよう、しゃっきり持っててくれ」
「は、はい……っ」
作品名:ちょうどいい距離 作家名:さり