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Melty Kiss

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バレンタインが苦手な人間というものには2種類いると思う。
まずはひとつめ。これはすぐに思いつくであろう、バレンタインに縁がない人間、誰からも貰えないいわゆるモテナイ君たちのことである。
まわりの友人達が照れたように嫌がる素振りを見せつつ、しかし嬉しげに女の子達から可愛らしい包みを受け取っているのはやはり癪に障るのだろう。
また、多数もらえる奴もいることはいるのだがそれのほぼ全てが義理であるという、本命を貰えない奴もこれに該当する。例えばケンヤだ。いつも大量に貰っているのだが、彼曰く本命らしきチョコはひとつも貰えないらしい。あいつは鈍いから気づいていないだけというのもあるのだろうけれど。

さてふたつめなのだが、俺や千歳はこっちのパターンだ。
貰えないから嫌なのではなく、貰うから嫌だ、という、贅沢にも聞こえるであろう理由。



「だってお返しとかめんどくさかー」

寒そうに毛布を被りなおして、というか毛布を頭まで引っ張り潜るようにして千歳は呟いた。
通常サイズの布団では千歳の体には小さすぎて、頭まで被るとどうしても足がはみ出てしまう。
さむいさむいとぼやきながら、千歳は体を丸めてなんとか体を全部毛布の中に押し込んだ。

「お前ってちゃんとお返しとかするタイプやったんやな…」

千歳はそういうことに疎いイメージだったから素直に驚いてしまう。
マシュマロやらキャンディやらをたくさん抱えて奔走する千歳の姿を想像すると、可愛いような滑稽なような気がしてなんだか笑える。
ふ、と息を吐いて小さく笑うと、聞こえたらしい千歳が布団の中でもぞもぞと動いた。

普段なら平日のこんな時間、もうすぐお昼になろうとしている時間に、布団の中でゴロゴロしているのを見たらたたき起こして引っ張り出すのだけど、今日は特別だ。
そもそも俺だって上下フリース姿という、とても学校に行けるような服装ではないから千歳のことは言えないのだけど。

「…昔お返しせんかったら、怖い女の子たちに怒られたけん…」
「あー…」

なるほどそういうことなら合点がいく。
何故なら俺にも似たような経験があるから。俺は怒られたっていうよりも、泣かれたっていうのが正しいけど。

「貰えるのは嬉しかけど…そのへんめんどくさか、それに持ってかえるのも大変ばい…」

今のセリフを謙也とかに聞かせてやったらひっくり返って怒るんだろうなあと思う。

俺と千歳がバレンタインが苦手な理由。
それはたくさん貰いすぎて色々と面倒だから、というものだ。
お返しに困ったり、持って帰るのが大変だったり、はたまた同性からの僻みにあったり。
そしてそれを気軽に愚痴ることが出来ないこともある。こんなこと他人に言ってもただの自慢にしか聞こえないだろうし。

それにお返しが面倒だなんて、特に女の子達の前では口が裂けても言えない。
しかしこれが一番厄介だったりする。
数が多いから単純にお金がかかるし、誰がくれたかというのをちゃんと覚えてないといけない。
女の子っていうのは難しいもので、貰える子と貰えない子がいたら勘違いして舞い上がったり、はたまた泣き出してしまったりとややこしいことになってしまうのだ。

そんなバレンタインを繰り返しているうちに、俺はすっかりこの日が苦手になってしまった。

「ん…、まあ、我ながら贅沢な悩みやなあとは思うけど、な」

好意でくれているのだから、無下には出来ない。だから難しい。
はあ、と小さくため息を吐いた。

小さなキッチンからしゅーしゅーという音が聞こえて立ち上がる。お湯が沸けたらしい。

「何飲むとー?」
「ココア、千歳も飲む?」
「うん」

まともな暖房がない千歳の部屋は本当に寒くて、体の奥までじんと冷えてしまうようだ。
冷えた手を擦り合わせながら、お揃いのマグカップを2つ並べてココアを準備する。
お湯を注いでかき混ぜると、湯気とともにほわんと甘い匂いが立ち上って鼻腔をくすぐった。

「ちとせー」
「んー」

呼ぶともぞもぞと毛布が動いて、千歳が体を起こす。
しかしまだ起き上がる気は無いようで、毛布を被って布団の上に座ったままだ。
ぼさぼさの髪を適当に手で整えて、へにゃりと笑った。

「ほら、ちゃんと布団から出て来いや」
「よかよか」

言って千歳は手招きする。
じいと見つめて待ってみても千歳は立ち上がる気配が無い。こういう時の千歳はほんと言う事を聞かないのだ。
このまま見詰め合っていてもせっかくの温かいココアが冷めてしまうだけだ。しょうがないから千歳の傍に腰を下ろす。

「くらー」
「わ、零れる」

両手にまだあつあつのココアを持ったままだというのに、千歳は腰をぎゅうと抱いてきた。危うく零しそうになる。
抗議のつもりでごちんと頭をぶつけると、反省はしてなさそうにへにゃと笑って片方だけ腕を解いた。

「あほかお前は」
「ふ、ふふ」

ほわほわと湯気をたてるマグカップを、なんだか気持ち悪い笑い方をする千歳に手渡した。
腰は千歳に抱かれたまま、自分のココアにやっと口をつける。
柔らかくて甘い味が口の中に広がって、ほうとひとつ息を吐く。
じわんと体の中が温まって気持ちいい。寒い日に飲むココアは格別だなあと思う。
ふと千歳のほうを見やると、まだ千歳はこちらをにこにこと、むしろにやにやと見つめたままだった。まだココアにも口をつけていない。

「なんやねんさっきから気持ち悪いな」
「んー?ふふ、なんか、幸せやけん」

すり、と千歳が顔をすり寄せてくる。
俺は両手でココアを飲みながら、目だけで千歳の表情を追った。

「こんな風に蔵とゆっくりバレンタインを過ごせるのが嬉しかけん…一緒にサボってくれるなんて思っとらんかったもん」
「まあ…今日は特別や。学校行ったら面倒だし」
「みんなの人気者の白石くんを独り占めばい」
「あほか」

ただでさえココアで体温が上がってきているというのに、そういうことをこんな距離で言われると、やばい。
さっきまで痛いほど冷えていた指先や、体の奥までぼっと火が灯ったように熱くなる。
頬が熱いのを悟られたくなくてふいと顔を逸らしてみる、けれど、きっと千歳にはバレている。

「むぞらしかー」
「うっさいあほ、はよ飲まんと冷めるで」

そう言って急かすのに、千歳はマグカップをちゃぶ台に置いてしまう。
太い指が頬に伸びてくる。両手10本の指が熱い顔を全部包み込んでまっすぐ千歳の方を向かせた。赤い顔が全部千歳に見られてしまう。
ゆっくり千歳の顔が迫ってきて、こつんと額をぶつけられた。

「飲まして」

ココアで湿った唇の上をぺろりと千歳の舌が這う。
ちゅ、ちゅ、とそのまま軽く口付けてほんの少しだけ離した。

「…なんやねん」
「蔵の口甘かねえ…もっと飲みたか」
「んっ、勝手に飲めばええやろ…お前のもあるやん」
「それじゃ意味なかよー今日はバレンタインばい?」

熱の篭った息が耳にかかる。ひくんと体を揺らして目を閉じれば、今度は目蓋の上に唇が落ちてくる。

「ふ、あ」

人差し指が耳たぶの裏を撫でていって、思わず声があがる。
そっと目を開けるとまた至近距離で目が合った。千歳のこの色っぽい目がほんとに好きだ。ずるい。

「ね、」
作品名:Melty Kiss 作家名:ふづき