掌の上で
キスマークが見えたせいか、幾分表情が沈んだ帝人くんが可愛くて仕方が無い。
俺がわざとやってることに、敏い帝人くんはきっと気付いてる。
それでも何も言わない、そんなだから俺に付け入れられるんだよ。
可哀想に、と、心の中で憐れんだ。
「好きです。」
そう言われたときに思ったのは『意外だな。』ってこと、そしてそのまま帝人くんにそのことを伝えた後、俺の心を占めたのは妙な嬉しさだった。
帝人くんのことは嫌いじゃないし、コレで手放してしまうのは惜しかった。
俺のことを好きだと言うなら、そのままで居てくれたらいい。
まぁ、受け入れるのは無理だけど。
今思っても、残酷な考えだったと思う。
俺の行動に一喜一憂してるくせにそれを必死に隠そうとする帝人くんが面白くて、俺は今まで以上に彼を構った。
人に好かれると言うのは案外悪くない。
むしろ俺の我儘を仕方ないなって表情で、許してくれる帝人くんは好きだった。
それは恋愛感情の『好き』ではいけど。
そう、そのはずだった。
きっかけは何かと問われれば、自分でも歪んでいると思うけど帝人くんが苦しげに顔を歪めた時だ。
俺の訪問を、たとえ真夜中だろうと内心喜んで受け入れる帝人くんが、その日だけは違った。
一瞬だったけど、泣きだしそうな表情をしたのを、俺は見逃さなかった。
何かあったんだろうか、その時はその程度で、理由は思いつかなかった。
けれど、帝人くんがその表情をする時の法則を見つけ、俺は歓喜した。
ああ、そうか。
帝人くんが嫌な顔をするのは、俺が帝人くんに会う前に女の子と遊んだ日だ。
俺自身は気が付かないけれど、女ってのは自分の痕を残すのが上手いらしい。
帝人くんはまた敏い子だから、そういうのに気が付いてしまう。
自分が帝人くんに対して最上級の嫌がらせをしていることに、俺は罪悪感も無い。
それどころか、『自分』という存在が帝人くんの中でそれほど大きな割合を占めていることに興奮さえした。
苦しいよねぇ。
嫌だよねぇ。
だけど、俺を好きだから「もう来ないで下さい。」の一言さえ君は言いだせない。
俺の手の中で弄ばれて、なんて哀れで惨めで可哀想なんだろう、帝人くんは。
なんて、そんな余裕があったのも、最初のうちだけだ。
俺は自慢じゃないけど自分のことを客観的に見ることが出来る。
そうしてしまえば読者の方もおわかりだろう。
こんなのは、小学生の男子が好きな子を虐めるのと何の変わりも無いことに。
そして、俺はそんな小学生のガキと変わらないちっぽけなプライドの持ち主だった。
今さら、『実は帝人くんを好きでした。』なんて言えるわけも無い。
掌で躍らせてるはずが、俺自身も一緒に踊っていたなんて。
きっと、この後、俺が帰った後、帝人くんは布団に潜り込み、独りでひっそりと泣くんだろう。
俺はその想像をしては今すぐキスをして抱き締めて愛してると囁いてしまいたい衝動に駆られる。
帝人くんがもし、俺の前で一言だって恨み事を言えば、泣いて、怒れば、俺はその衝動を抑えられない。
帝人くんに触れたいくせに、自分から手も伸ばせず、「肩が凝った」なんて嘘をついて少しでもそのぬくもりを感じようと必死になる俺の方が、なんて哀れで惨めで滑稽なんだろう。