臨帝小ネタ集っぽいの
花粉症が少しだけ好きになる花粉帝人
春はうららかいい天気。
折原臨也はその日、意気揚々と池袋の街を闊歩し、天敵と殺し合いを繰り広げ、戦線離脱して疲労困憊して自宅へ戻ってきた。軽やかにコートを翻し、あー今日も疲れた、と一息つきながら靴を脱ぐ。そのままリビングへと向かおうとした足を、玄関先の姿身の前でぴたりと止めた。
感じたのは、かすかな違和感。
けれどもよくよく鏡を見詰めてみると、その違和感の正体にはすぐに行き着く。
「……え」
臨也のコートのすそを、誰かの手が掴んでいる。
慌てて振り返った臨也の目に飛び込んできたのは、手のひらほどの大きさの少年が、うんせうんせと臨也のコートをよじ登っている光景だった。
「はあ!?ちょ、ちょっと君、何!?」
慌ててばたばたとコートをはためかせて、振り落とそうとするものの、小さな少年は「うわあああ!」とか叫び声をあげてしつこくコートにしがみついている。何これ何これ何これ!?軽くパニックに陥りつつ、臨也は恐る恐る手を伸ばした。
落ちぬなら、落として見せよう、ホトトギス。
世の中には首なしだっているんだ、小さい人間だってきっと何かの妖精に決まっている。臨也がそう腹をくくって、少年の首根っこをつまむと、「ひゃあっ!」と少年は声をあげて。
思い切ってコートから引き剥がし、目の前に掲げてみれば、少年はきょとんとした顔で臨也を見返した。
素朴そうな顔立ちに、短く切りそろえられた髪、緑と白のジップアップを着ている。人形……じゃないよな?としげしげ見詰めている臨也に向けて、少年は「あのっ」と声をかけた。
「は、はじめまして、僕花粉です」
……俺の耳はいかれたのか?
そんな自問をせずにはいられない、とある春の日の夕暮れであった。
「だからですね、折原臨也さん、あなたの花粉許容量は既に限界を超えているはずなんですよ。本来なら、重度の花粉症にかかって、今頃はまともに外を歩けない状態でなきゃいけないんです」
デスクの上、臨也のフタ付きマグカップの上にちょこんと座って、一生懸命説明しているのは、自分を「花粉」と名乗った小さな少年である。ちなみに名前は帝人というらしい。花粉なのに名前があるの?と尋ねると、不思議そうな顔で、あなたは人間と言う種類ですけど名前があるでしょう?と返された。つまり、花粉と言う種類の帝人君というわけだ。
その帝人が必死でさっきから臨也に力説するのは、要するに「臨也を花粉症にするために来ました!」ということだった。
「いや、そんなこと言われてもさあ。俺別にくしゃみも出ないし鼻水も出ないし」
「だからそれがおかしいんです!今年こそはと思って僕、すごいがんばったのに。なんでそんなぴんぴんしてるんですか!僕泣いちゃいますよ?」
「知らないよ」
うんざりと息を吐いて、臨也は小さな少年のおでこをつついた。害がないと分かれば可愛いものである。だがしかし、花粉の妖精とは予想外すぎた。
「っていうかさあ、俺が花粉症とか間抜けにも程があるじゃない。素敵で無敵な情報屋が鼻水ずびずびじゃカッコつかないでしょ」
「世の中にはギャップ萌えというものがありまして」
「いやいやいや」
ないない、と手を振る臨也に、帝人はむうっと顔をしかめて、難しい顔をする。
「僕にだって花粉としてのプライドがあります。あなたを花粉症にするまでは帰れません」
「花粉って春しかないんじゃないの?」
「いろんな種類の花粉があるので一年中存在しますよ。花粉なめんな」
「いやなめては無いけど」
でも俺を花粉症にするって、具体的にどうやって?と首をかしげた臨也に、帝人はすくっとマグカップのフタの上で立ち上がる。そしてていっとデスクの上に降り立つと、次の瞬間。
ぼんっ。
と、なにか体積が膨張したような音がして、影がかかって。
「直接花粉を注ぎ込ませていただきますね」
おどろいてのけぞった臨也とデスクのあいだに、するりと割り込んで臨也の太ももに座ったのは、どこからどう見ても中学生くらいの大きさになった少年である。間近で見ると結構可愛いな、とか思いつつ、いやまて、こいつさっきまで手のひらサイズで。
「お、大きくなれるの、君?」
「え、そりゃあまあ。だって大きくなれないと不便でしょう?」
「君花粉でしょ?何が不便なのさ?」
「そりゃ、こういうときですよ」
するりと伸ばされた手が臨也の首に回される。目の前でにっこりと微笑まれてぞわっと何かが背筋を通り過ぎた気がしたけれど、次の瞬間重ねられた唇に息を呑んだ。
温かい、唇。
「……っ!?」
え、えええ!?
ちょっと待て、何、今この少年は。
何で臨也にキスをしているのか?
驚きのあまり硬直する臨也の唇を割って、帝人の舌がするりと口内に入り込む。艶かしい舌触りが絡まったかと思えば、次の瞬間。
「……っ、っくしゅん!」
ふーっと吹き込まれた温かい息に、臨也は思わずくしゃみを零した。素早く離れた少年がキラキラと見上げてくる視線を受けつつ、何がなんだか分からぬまま、「はくしゅん、くしゅんっ!」とくしゃみは止まらない。そして、なぜか潤んでむず痒い視界。さらには鼻の奥がむずっとうずくこの感覚。これはまさか、もしかして。
「なっ、っくしゅ……なに、これ!?」
「だから、直接花粉をね、こう、ふーって入れてあげれば、流石の臨也さんでも花粉症っぽくなるって話です」
ほら、小さいままだとキスはできないでしょ?なんてえっへんと胸を張る帝人は、鼻のむずむずと戦っていた臨也に更なる爆弾を投げつけるのだった。
「後十回くらいキスすれば完全に花粉症になると思いますから、覚悟してくださいね!」
どうしよう。
花粉症はいやなんだけど、後十回のキスの誘惑には勝てそうに無い。
作品名:臨帝小ネタ集っぽいの 作家名:夏野