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こうやって過ぎていく街から

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 真夏。
 誰もが競って薄着をする中で、そのコートはやけに、目に付いた。
 ファーのついたフードを被って、コートの人物はするすると夜の街を歩く。
 すれ違う人々は一瞬だけコートの人物に視線を止め、何も見なかったように再び前を向いて歩き出す。
 大都市東京の、池袋。
 この街では、真夏にコートを着ていようが、ビキニで歩いていようが、さしたる問題として取り上げられない。
 ここには多種多様な人間がいて。
 無害なものも、有害なものも、ごちゃ混ぜになって存在していて。
 そのすべてに大げさな反応を示していたら、命がいくつあったって足りないのだ。
 コートの人物はネオン街に入り込み、営業していない寂れたビルの横を逸れる。
 闇の中でも黒光りする高級車が、道の脇に止まっていた。
 コートの人物はためらいなく、後部座席の扉を開き、乗り込む。
「ご無沙汰しています、四木さん」
「ええ」
 座席に背を凭れさせ煙草を吸っていた四十手前ほどの男は、まだ火をつけたばかりのそれをぎゅっと灰皿に押し付けた。
「どうぞ、気になさらず吸ってください」
 コートの人物は苦笑して、四木の隣に腰を落ち着けた。
「この暑いのに、コートですか。徹底したことですね」
 自分の子供ほども年下の人間に、四木は丁寧な口調を崩さない。ただ、声は淡々としていながらも威圧的だ。触れれば切れそうな空気を全身から醸し出している男だった。
 コートの端をちょいとつまみ、笑う。
「夏用だから、薄いんですよ」
「そうですか。それで、依頼はどうなりました?」
 するべき挨拶は終わらせた、とばかりに本題に入った四木に苦笑して、コートの人物はどこに隠し持っていたのか、手妻のようにB4サイズの茶封筒を取り出して、四木に差し出す。
「どうぞ、確認してください」
 四木は無言で受け取って、中に入っていた数枚の書類に素早く視線を走らせる。問題はなかったのか、再び茶封筒の中に仕舞う。
「確かに」
「御用の際は、またご連絡ください」
 ドアレバーに手を掛けようとしたコートの人物は、四木がカチンとジッポライターの蓋を鳴らしたのをきいて、ゆっくりと、四木を振り返った。
「もう三年、いや、もうすぐ四年ですか」
 カチン、カチン、ライターの蓋を開閉するばかりで、四木は煙草を吸おうとしなかった。
「あなたも大分、諦めの悪い人間ですね竜ヶ峰さん」
「なんのことでしょう」
そ知らぬ風で切り返す竜ヶ峰帝人に、四木は淡々と、言葉を紡ぐ。最初から最後まで、感情のこもらない声だった。
「探しているんでしょう、折原さんを」カチン、ライターの蓋が閉じられる。
「もう四年です」帝人はからりと言った。「死んでいますよ」
「ではなぜ、情報屋の真似事を?」
「参りましたね。私はまだ、情報屋にもなりきれていませんか」
 帝人の苦笑にも、四木は笑い返すこともない。淡々と。ただひたすらに淡々と、会話は続けられる。
「年中黒いコートを着た、凄腕の情報屋。中身が入れ替わっていても、気づかない人も多いでしょうね。あの人は、ネット界だけで仕事をしていたこともありましたし」
「遺産を受け継いだわけですか」
「負債もですね」
 折原臨也の敵すら全て引き受けて、竜ヶ峰帝人が情報屋を営み始めてもうすぐ四年になる。四木と取引を始めるようになったのは、一年ほど前の話だ。
 最初の一年は酷かった。情報屋の真似事の真似事にすらならなかった。何度痛い目を見たかわからないし、何度死にかけたかも知れない。その恐怖は、未だ帝人の中に強く根付いている。
 二年目で、顧客がついた。仕事が成功しても、死ぬような目に合うことは多かった。消えない傷は、いくつも体に刻み込まれている。それでも、それだけで食べていけるぐらいには成長していた。
 三年目の初めに、ようやく四木から依頼されるほどになった。帝人を試すような意味合いの大きな依頼で、言外に、失敗すれば殺すと伝えられた。
 帝人は四木の出した試験に合格して、今では、かつて臨也に任されていた仕事すら請け負うほどになっていた。それでもやはり、死ぬような目に合うことも少なくはなく。四木が帝人を気遣っているわけではないのだろうが、合うと必ず、皮肉を言われる。
「せいぜい、怪我をしないように気を付けてくださいね」
 四木が胸ポケットから煙草の箱を取り出したのを見て、帝人は今度こそ、ドアレバーを引いた。
 ドアを閉める間際、紫煙を吐き出しながら「あなたは本当に、折原さんが死んだと思っていますか」と四木は言った。
「もしもあの人が生きていたなら」
 帝人は笑った。フードの中の笑みは、四木には見えなかったことだろう。
 だから、もしかしたら声が笑っているだけで、帝人は笑っていないのかもしれないことなど、四木にはわからない。
「世界が、こんなに平和なわけがないんですよ、四木さん。さようなら」
 バタン、とドアを閉める。
 黒いスモークの張られたウィンドウの向こうで、四木がどんな顔をしているのかということも、帝人にはわからない。