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こうやって過ぎていく街から

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 折原臨也という情報屋が痕跡すら残さずふつりと消えて、もうすぐ四年が経つ。
 臨也は殺しても死なないような人間ではあったが、生きている以上、死の恐怖は万遍なく誰にも襲いくるものだ。
 臨也は死んだのだろうと、もう、誰もが疑わない。
 彼の級友である闇医者も、喧嘩人形も、たまに仕事を引き受けていた運び屋も、彼に恨みを持つ帝人の友人も、彼を慕う信者たちも、もう、誰もが疑わなかった。
 己の体を動かすものがなんなのか、その正体は帝人にもわからない。
 ただ、帝人は問い続ける。

 情報屋を知らない?
 いっつも黒いコートを着ていた情報屋を。
 数年前に消えてしまった情報屋を。
 誰か知らない?
 まるで神様か詐欺師のような、あの情報屋のことを。
 煙のように消えてしまったけど、確かに存在していたあの人のことを。

 誰か、知らない?

***

 パソコンを立ち上げ、仕事用のアドレスを開くといくつかのメールが舞い込んできた。それは依頼であったり、冷やかしであったり、仕事の礼であったりする。
 帝人はその全てに目を通し、優先順位に並べ、記憶していく。最後の一通を開いて、帝人は動きを止めた。短い文章に何度も目を通し、捨てアドレスから返信する。
 疲れた目を解し、ぐぃと背伸びをしたところで、またメールが舞い込んだ。
 帝人が返信したばかりの相手からだ。パソコンの前で待機していたのだろうか?最初のメールは、昨日の日付だったが。
 できるだけ早く会いたい旨と、滞在場所が記入されていた。都内のホテルだ。
 では明日向かうと返すと、すぐに謝辞が戻ってくる。 帝人はメールの送受信履歴を復元できないよう削除して、パソコンの電源を落とした。
 それからいくつかの情報を操作し、整理し、シャワーを浴びた。
 もくもくとした湯気の中、肌に指を滑らせれば不自然にでこぼこした個所がある。帝人は少し悲しそうな顔をして、薄れることはあっても消えることはないだろう傷跡を見下ろした。いくつもある傷の中で、脇腹を斜めに走る裂傷の痕は一際の存在感を放っている。生きているのが不思議なほどの傷だった。
 情報屋を営むことは想像以上の困難で、想像以上の恐怖の連続だ。
 それでも帝人が情報屋をやめないのは、このまま続けていれば、いつかなにかの真実を得られるのではないかという願いがあるからだった。
 たとえそれが、どんなに辛い真実であろうとも。
 帝人はすべてを、知りたかったのだ。

***

 都内某所、ランクの高いホテルの前で、帝人は立ち止まった。
 仕事をするときは常にコートをまとっている帝人だが、場所が場所だけに、今日は黒いスーツを身に着けている。童顔のおかげで就活生のように見えるのが難点だが、それでもコートよりはましだろう。
 フロント係に依頼人の名を告げ、ロビーに置いてある高級そうなソファに座って待つ。
 依頼人の情報は名前と、性別だけだ。それ以外はなにもない。ネットに精通する帝人でも、それ以上を調べることができない相手だったのだ。
 エレベーターからは、何人もの人間が降りてくる。どれが依頼人であるのかは帝人にはわからない。じぃ、とその全てを観察していた帝人は、一組の男女がフロントに向かうのを視線で追い、フロント係がこちらを見た瞬間に、立ち上がった。
 顔を輝かせた男が早足に、不機嫌そうな顔の女がその背を追うようにして、やってくる。その姿をつぶさに見て、帝人はひゅっと短く息を吸い、ゆっくり吐き出した。表情を営業用に整える。
「情報屋さん、ですね?」
 依頼人が、小さく問うた。
「――ええ。竜ヶ峰帝人と申します」
「宮城優人です」
 差し出された手を握る。
 優人は三十代手前ほどの、痩身の男だった。造作は眉目秀麗といって差し支えなく、声は高くもなく低くもなく、耳触りが良かった。
「彼女は宮城春香。僕の、恩人です」
「どうも」
 春香は不機嫌な顔と声のまま、短く言って会釈した。年のころは帝人と変わりないだろう。長い黒髪をした美しい女で、清楚な服装や居住まいは良い所のお嬢さんという印象を受けた。ただ、美人ではあるがどこか我儘な子供のようにも見える。情報屋、という胡散臭い職業の人間に、拒否感を抱いているだけかもしれないが。
「場所を移動しませんか。ここでは落ち着いて、話ができないでしょうし」
 優人の提案に頷いて、三人はホテル内の喫茶店に場所を移すことにした。
 店内に人はまばらで、その、一番奥まった席を陣取った。
「情報屋って、女性だったのね。中年の男性を想像していたけど」
 春香が、刺々しい声で言った。
 帝人は苦笑する。なんてわかりやすい敵意だろう。
「初めて会った方は、そう仰いますね」
「まだ若いみたいだけど、本当に大丈夫なの?」
「それはどうぞ、私にコンタクトを取った優人さんにご確認ください。適当に選んだのでなければ、相応の理由がおありなのでしょう」
「話は、なにか注文してからにしませんか?」
 優人がさりげなく話題を変える。メニュー表を差し出そうとするのを手で制する。「私は、コーヒーを」
「わかりました。春香は、ホットのミルクティーでいいんだろう?」
「ええ」
 春香は、帝人に向けたのとは全く違う、うっとりとした表情をして優人に微笑む。恋をしている、女の顔だ。
「竜ヶ峰さんは、ホットで良かったですか?」
「はい」
 ウエイトレスにコーヒーをふたつ、ミルクティーをひとつ注文する。それらが運ばれてくるのを待って、優人は口を開いた。本当は、自己紹介などよりも先に言いたかっただろう、依頼内容を口にする。
「メールでもお伝えしましたが、依頼は、僕の情報を集めていただくことです」
 手の付けられない三つの飲み物からは、白い湯気がほのかにたちのぼる。
「四年前、無くしてしまった僕の全てを、あなたに調べて欲しいんです」