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こうやって過ぎていく街から

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「壁紙にお酒の匂いが染み付いちゃってるみたいですねえ」
 帝人は辟易して、家中の窓を開け放つ。
 臨也はアルコールの瓶やら缶やらをゴミ袋に突っ込んだ。
「15人いたっていってもさ、この酒瓶の空の数はちょっと異常じゃない?」
 セルティや新羅など、酒を飲まない人間だっていたのだから、実質酒を飲んでいたのは10人にも満たないだろう。
「まったく、底なしばっかりなんだから……」
 正臣と沙樹は朝早くに出て行った。サイモンは恐らく夜中に帰ったのだろう。他のメンツも、二日酔いにふらふらしながら帰って行った。
 部屋の中には臨也と帝人しかいないが、荒れ放題の部屋で寛ぐこともできず朝からせっせと掃除をする羽目になった。
 ゴミを分別しながら、帝人は手元だけを見てふっと笑った。
「どうせですから、全部捨ててすっきりしましょうか?」
 からん、と空き缶をゴミ袋に落として、臨也も微笑む。
「やめとこう。もったいないし、買い替えるのも面倒だ」
「そうですか」
「うん」
 からん、からん、と缶を拾っては捨てていく。臨也は立ち上がって、くぅと背伸びをする。それから悪戯を思いついたように微笑んで、帝人の細い背中を後ろから抱きしめた。
「なんですか急に」
 帝人は手を止めないで問う。
「ねえ帝人君、俺のこと愛してる?」
「本当に急ですねえ。……愛してますよ」
「俺もだよ」
 ちゅ、と帝人の首筋に口づける。
「ああもう、僕ってアルコールに呪われてるんでしょうか?感動的な場面はいつも酒臭いんだから、嫌になっちゃいますよ」
 肩を落とす帝人の頭に顎を置いて、臨也はくっくと笑う。
「愛してるよ帝人君」
 もしも、もしもこの先、記憶が全て戻ったとして。
 記憶を失っている間のことを全て忘れてしまったとして。
 愛する折原臨也とようやく会えた帝人は、喜ぶのだろうか。それとも消えてしまった誰かを想って泣くのだろうか。

 臨也は目を閉じて、帝人の髪に顔を埋める。
 甘い香りがした。胸がざわつく香りだ。

 泣けばいい。そう思う。
 もうどうやったって取り戻せない誰かを想って泣けばいい。
 消えるのは嫌だけど、とてつもなく怖いけど、でも、彼女が悲しんでくれるなら、泣いてくれるなら。消えるのも悪くない。そう思えたのだ。
「愛してるよ」
 愛してる、愛してる、愛してる。

 どうかこの声を、言葉を、忘れないでほしい。

 愛してる、愛してる、愛してる。

 折原臨也じゃない。

(俺が)

 愛しているから。

 そんな醜い声が聞こえたわけでもないだろうが、後ろから前に絡みつく腕に手を当てて、帝人は小さくつぶやいた。
「愛してますよ」

(俺が)

 愛してる、愛してる、愛してる。

 だからどうか、どうかお願いだ。

 泣いてくれ。できるだけ悲痛に、できるだけ哀れに、できるだけ長く。
 そうすればきっと、消えてもきっと、
(悲しくないから……)

 愛してる。
 あいしてる。
 ア イ シ テ ル。

 できるだけ深く、できるだけたくさん、できるだけ長く。

 帝人に、愛を囁き続けようと、臨也は柔らかな体温を抱きしめ続けた。







終わり