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鉄の棺 石の骸10

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 5.

 かつてZ-oneがいた世界。仲間たちが生きていた世界。醜いところもたくさんあったけれど、それでも大好きだったあの世界。
 世界を守りたいというZ-oneの願いは、昔も今も変わっていない。
 昔は、終わる世界に心を痛め、自分とは違う英雄となってでも人類の滅亡を避けようとした。今は、世界に終わりをもたらすまいと、どんな手を使ってでも破滅への道筋を変えようとしている。
 たった四人で救済計画を進めるのは、滅亡前のZ-oneの計画よりも無謀な話だった。それでも、四人が仲間である限り、どんな無謀な作戦でもやり遂げられると四人共がそう思っていた。
 Z-oneを残して三人がこの世を去った後も、彼らの思いを無駄にしないよう、Z-oneはたった一人でも計画を実行しようとした。途中であきらめそうになりながらも、仲間をコピーとして復活させ、彼らと共に計画を続行した。
 アポリアやアンチノミーが、チーム・5Dsに感化されたと知った時、自分一人だけ本当に置き去りにされたのだと思った。
 この世にたった一人残されても、仲間たちとの約束を、未来を救う使命をどんな形であっても果たしたかった。
 例えどんな犠牲を出そうとも、もう二度と、あんな滅亡の光景だけは見たくなかった。
 未来は、Z-oneの前で姿を変えつつある。このままうまく行けば、破滅の瞬間から世界を守れる。人類はこれからも生き続けられる。
 だが、この寂しさだけは、離れてくれない。
 どうやっても、離れてはくれないのだ。


 Z-oneのフライング・ホイールは、アーククレイドルの遺跡の一つに着地した。
 先ほどのスターダスト・ドラゴンの攻撃で、Z-oneの仮面は全部剥がれてしまった。顔のほぼ半分を覆う金属も、表に剥き出しになっている。
 生命維持装置は、段々とその機能を停止しつつある。遊星からの攻撃が止めになったのか、それとも、今度こそ装置の稼働限界が来てしまったのか。Z-oneが分かるのは、今装置が止まってしまえば、もう二度と復旧しないということだけだった。
 Z-oneに残された生身の肉体が、過ぎ去る時間と共に生気を失っていく。Z-oneの霞む視界の先に、あの紅い鳥が飛んでくるのが見えた。遊星だ。
「大丈夫か、Z-one!」
 先刻まで、あれほど熾烈な決闘をしていた相手に、遊星は躊躇いもなく駆け寄る。彼のそういうところは、いつどんな時代でも変わらないようだ。そういえば、プラシドが壊れた時も同じことをしていなかったか、この人は。
 具合の悪そうなZ-oneを、遊星は気遣ってくれた。だが、この身体は間もなく終わりを迎える運命だ。苦い鉄の味を口に感じながらも、Z-oneは力を振り絞って尋ねた。
「自分のやったことは、間違いだったのか」、と。
 Z-oneは、ここまでたどり着く前に、様々な時間軸の人間を犠牲にしてきた。ゼロ・リバースにも介入し、遊星を始めとするサテライトの人間を多数犠牲にし、後々まで苦しませた。
 人として到底許されない行為だと理解している。遊星も先ほど、Z-oneのスタンスを強く否定したばかりだった。
 だが、Z-oneの想像に反して、遊星は首を横に振り静かにこう言った。「お前は、自分の運命を切り開こうとしただけだ」と。
 遊星は、Z-oneの行いを未来からの警告として真摯に受け止めた。受け止めた上で警告を忘れず、やがて起こるであろう破滅の運命を、この世界の人々全員で回避しようとしている。
 Z-oneは、そこで本当に、未来が姿を変えたのだと確信できた。

――嬉しい。やっと私の話を聞いてくれた。
――他の誰でもない。不動遊星、あなたが。

 そこですぐにハッピーエンドとは行かなかった。Z-oneがシティに衝突させようとしていたアーククレイドル。あれの後始末がまだ残っている。
 アーククレイドルを完全に止めるには、アーククレイドル内のマイナスモーメントにプラスのモーメントをぶつけなければならない。
 遊星は、そのことを事前に知っていたらしい。対策法と先の運命を告げられてからずっと、彼は自らの役割を悟っていたのだろう。
 遊星が、マイナスモーメントに続く大空洞に飛んで行くのを見送ると、Z-oneは不自由な身体で懸命にフライング・ホイールを動かした。生命維持装置が止まってしまうまでに、まだ時間はある。それまでに果たさなければならない仕事が一つある。
 ホイールを動かしている最中に、心の中に呼びかけた。長い間あなたを引っ張り回して申し訳ない、これで最後だ、と。
 昔のように顕在意識上で、「彼」の返事が言語として返ってくることはなかった。しかし、何よりも力強い意思が心の奥底から湧きあがってくるのを、Z-oneははっきりと感じた。

 アーククレイドルは、Z-oneにとっては勝手知ったる自分の家だ。マイナスモーメントへの近道は、手に取るように分かる。
 数分もしない内に、Z-oneは遊星に追いついた。このまま放っておけば、確実に遊星はマイナスモーメントに特攻する。それでは困るのだ。この時間軸の遊星には、未来を救うという大事な役目がある。 
 フライング・ホイールの腕ユニットは、遊星との決闘中に結構な損傷を受けていたが、それでもまだZ-oneの意のままに動かせた。微妙に力加減をしながら遊星のD-ホイールの出っ張りを摘み上げ、渾身の力を込めて遊星をD-ホイールごと、空洞入口に向かって放り投げた。

『不動遊星は、アーククレイドルで命を落とす』

 それは、Z-oneやシェリーが見た、逃れられない運命。だからこそ、シェリーは遊星に警告していた。アーククレイドルに来るな、と。
 だが、その運命に捧げられるのは、何もこの時間軸の不動遊星でなくてもいい。「不動遊星」のデータをコピーして彼そのものになったZ-oneにも、十分に「不動遊星」の資格はあるのだ。
 元は何だったのか、若者なのか老人なのか。それくらいは誤差の範囲内として、運命には笑って見逃して貰おう。
 これが、Z-oneがこの時代でできる最後の行いだった。


「Z-one――!」
 大空洞の遥か遠くから、放り投げられた遊星の呼び声がモーメントまで響いてくる。Z-oneはそれに答えることなく、モーメントに向き合う。
 残された最後の力で、Z-oneはマイナスモーメントに突っ込んだ。虹色に輝く遊星粒子の渦に、白いホイールは瞬く間に飲み込まれていく。

 最期の瞬間、Z-oneは大切な仲間たちを思う。
――ここには、心が冷えるほどの寒さも寂しさもないような気がした。


(END)


2011/3/17
作品名:鉄の棺 石の骸10 作家名:うるら