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鉄の棺 石の骸10

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 4.

――知らない振りをしていたかったのは、果たして己の寿命だけだったのか。


 アーククレイドルはネオドミノシティに接近し続け、ついにKCビルに先端が激突するまでになった。後数十メートルも下に落とせば、ネオドミノシティごとモーメントを地球上から永久に抹殺できる。絶望しかない破滅の未来は姿を変える。Z-oneの使命は、これでようやく果たされる。
 この時代の遊星も一生懸命だった。時械神の猛攻を潜り抜け、時にその力をあえて受け止める。未来の自分自身だというZ-oneの戦略を逆に読み取って、Z-one側に対抗できる手段を編み出そうとする。
 ネオドミノ上空を舞う紅い鳥は、Z-oneが何度叩き落そうが、その度に懸命に羽ばたき浮かび上がる。アーククレイドルの遺跡の合間を縫うように飛び、Z-oneに抵抗しようとする。
 そこまでする彼のその力は、一体どこからもたらされるものなのか。
 決闘中、上から降ってきた瓦礫にぶつかり、遊星は大事な手札一枚を空中に飛ばしてしまった。続いて、更に落ちてきた大粒の瓦礫にぶつかり、遊星がD-ホイールから跳ね飛ばされて地上へと墜落する。
 仲間の助けも間に合わず、重力に従って落ちて行く身体。これを見た時、流石にZ-oneも、彼はもうダメなのかと思ったくらいだ。
 それでも、遊星は激突寸前に意識を取り戻し、D-ホイールに救い上げられて決闘に戻って来た。墜落前の彼は、時械神に散々やられて絶望しかけていたというのに、復帰してきた時には、今まで以上の希望に満ち溢れている。
 彼に希望をもたらす無限の可能性は、一体どこから湧いてくるのか。
 Z-oneの耳に、聞こえてくるものがある。シティ住民の、遊星に向けられた声援。それに混じる、アーククレイドルにいる遊星の仲間たちの、思いを込めた叫び。
 Z-oneは、やっとある結論に思い至った。
 遊星が、どんなに絶望的な状況でも、あきらめず決闘を続ける理由。
 Z-oneが、仲間を全員失った後も、人の道を外れてまで使命を果たそうとした理由。
 二人の目的は異なってはいたが、理由はどちらも同じものだった。仲間への強い思い、それだけだ。
 「遊星」は親しい仲間たちから切り離され、たった一人でこの世に蘇った。
 滅亡前の「遊星」に足りないのは、時間だけではなかったのだ。信奉者ではなく、心から付き合えるような仲間が、彼には根本的に欠けていた。
 もしもあの当時、「遊星」だけでなく彼の仲間もコピーされて復活していたら。あるいは、未来の世界で誰かがそのポジションに就いていれば、「彼」の結論は今とは変わっていたのだろうか。Z-oneが実行した、過去の世界を犠牲にしてまで未来を救う計画に、「彼」は最後まで反対していたのだろうか。
 少なくとも、極度の絶望で「彼」の心が壊れてしまうことはなかったのかもしれない。どのような形になるにせよ、仲間は「遊星」の希望であり続けるのだから。

『何かを救うには、何かを犠牲にしなければならない』
 絶望の果てに、Z-oneがたどり着いた結論を、遊星は自らの希望の力をもって否定した。
「今を救わなければ、きっと未来も救われない! そうじゃないのか、Z-one!」
 彼の語る若々しい希望。それを、「Z-oneたち」はよく知っていた。Z-oneがまだ科学者のころに抱いていたものでもあり、英雄として人々を導いていたころに実現しようとしたものでもあった。
 世界を滅亡から救えるかもしれないという希望。この手で人々を正しい方向に導いていけるかもしれないという希望。
 それらは、滅亡の日、絶望に囚われた「Z-oneたち」が、永久に捨て去ってしまいたかったものでもある。
 懐かしさと苦々しさが入り混じった思いのまま、Z-oneは、この時間軸の遊星がたどり着いた結論を聞いていた。
 紅い鳥は、決闘相手のZ-oneを置いて、更に上空へと駆け上っていく。空にかかる雲を突き抜け、人には空気の薄い領域を掻い潜り、遊星はZ-oneからは見えない高さまで舞い上がる。
 遊星が、今から何をするのか、Z-oneには分からなかった。Z-oneの中の「遊星」も、この状況に戸惑っている。この先、この時間軸の遊星が決闘で何をもたらすのか、「Z-oneたち」には予想もつかない。
 金色の光が、晴れた夜空の彼方で瞬いた。それは、新たな星が一つ空に加わったような……。
 立ち込める黒雲をなぎ払って降臨したのは、Z-oneの知らない巨大なドラゴンだった。
 《シューティング・クェーサー・ドラゴン》。そのモンスターは、Z-oneには驚愕以外の何物でもなかった。
 Z-oneのいた時間軸でも、「不動遊星」は「アクセルシンクロ」よりも上位の「デルタアクセルシンクロ」を開発している。彼の功績は、Z-oneの仲間であったアンチノミーが、志と共に引き継いだ。
 だが、目の前にいる巨大なドラゴンは、Z-oneの記憶にない。「遊星」が今までに召喚した覚えもない。そもそも、Z-oneの時間軸に、こんなモンスターなど存在しなかった。
 遊星は、この決闘の中で、新たな境地を見つけ出したのだ。

 《シューティング・クェーサー・ドラゴン》は《シューティング・スター・ドラゴン》を経て、《スターダスト・ドラゴン》に可能性を繋いだ。
 Z-oneの切り札、《究極時械神 セフィロン》も、《集いし願い》で強化された《スターダスト・ドラゴン》に倒された。そのターンで、Z-oneのライフは0になる。
 攻撃の際の強い衝撃で、アーククレイドルの方向に弾き飛ばされながらも、Z-oneは思った。
 未来は変わろうとしている。
 Z-oneが知るデルタアクセルではなく、リミットオーバー・アクセルシンクロがこの世に出現したのがその証だ。
 Z-oneたちの計画は、アーククレイドル落としとは違う形で成就しつつある。この時間軸の遊星によって、未来は変えられることが証明された。
 一番の望みが叶って、Z-oneは嬉しいはずだった。なのに、心の中はそれとは別の感情に占領されつつある。
 寿命問題と一緒に、知らない振りをしたかったこと。それは、この世に仲間が一人としていない孤独感だった。計画に心を傾けていた時は、忙しさと仲間たちへの思いだけで紛れていたそれは、計画が終了した今になって、じわじわと胸の内を侵食する。
 押し寄せる寂しさが、機能を失っていく身体中を、血液の循環のように駆け巡る。

 Z-oneの傍には、もう誰もいない。……ここはとても寒い。

作品名:鉄の棺 石の骸10 作家名:うるら