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あさめしのり
あさめしのり
novelistID. 4367
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花の顔既に朽ちぬれど、

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 三成はいつも顔色が悪い。削げた頬は常に青白く、薄い唇は色味を失ってしまっている。いつからこうだっただろう。思い出そうとしても、どうしても思い出すことができない。
 ただ、初めて会った頃、そう、彼がまだ秀吉の小姓として仕えていた紅顔の少年であった頃は、いくらか血色がよかったように思われる。頬のラインも少年らしくふっくらとして、どこか中性的な面影さえあったのだ。舌足らずにやたらと小難しい言い回しで大人たちと渡り合う場面も見られたが、それは生意気というよりも成長を見守る周囲の大人たちからすれば、かわいくてかわいくて仕方がないといったものだったし、事実、家康もあの頃の三成は相当にかわいらしかったと記憶している。白くすべらかな頬に、つんと尖ったちいさな赤い唇がよく映えて、たいそう美しかったのだ。彼が少し考え込むように切れ長の目を伏せるたび、ほうと息をつきたくなるような、ある時期の少年特有の色気のようなものを漂わせていた。彼の主君に男色の気がないと知らなければ、そういった奉仕もしているのだろうと想像を逞しくしてしまうような、まさに紅顔の美少年だったのだ。
「時の流れは残酷だなあ」
 家康は思う。
 現在文机にかじりついている、顔色も目つきも悪い男が、石田の父や兄に無条件の愛情を注がれるのはもちろんのこと、秀吉や半兵衛に竹のようにまっすぐに育てよと目をかけられ、皆の愛情を一身に受けていた往古の美少年なのだ。
 三成は同世代のどの子どもよりも賢く、麗しい少年だった。矜持は高いが、今ほど傲慢というわけでもなく、その頬に慎ましやかな笑みを浮かべれば、周囲の大人たちは揃って骨抜きになった。頭がよく切れ、気遣いができる上、立ち居振る舞いも様になるとくれば、放っておくはずがない。石田三成という男は、生まれてこの方、アイドルのような少年だったのだ。
 それが、今の凶王である。家康ならずとも、詐欺だと思うほかない。頬は酷薄そうにこけて、幽鬼のような顔色をしている上、口癖は「斬滅してやる」だの「塵芥に帰せ」だの、おおよそ平和的とは思えないものばかりだ。敵軍からすれば、居合いでたちまち死体の山を築く死神のような顔をした男が恐ろしくないはずがない。
 もっとも、今でも一部の人間の間では、三成は相変わらずアイドルであるようだった。
 この時代、父を殺し、子と異なる陣営に属するのが当たり前だったにもかかわらず、石田家はよほど結束が固かったのか、出世頭の三成を筆頭にそれを支える形で彼の父と兄がいつ何時も三成の味方についていたし、石田家の家人も三成の人となりに倣ったかのように実直で堅実な人物が多く、三成の意をよく汲んで仕えていた。
 それに、豊臣にあっては、あの秀吉を苦笑させるほどの直諫の士でありながら、その才能を愛され重用され続けている。それに、秀吉本人だけでなく、秀吉に与えられた領土や領民に関して、三成はこの上なく大切にしている。というのは、自身の蓄財や奢侈には関心がなく、秀吉に任された土地や人々を豊かにすることを自らの使命と考えているからにほかならない。秀吉至上主義の彼が秀吉のためにと働けば働くほど、彼が治める北近江の領民にとっては善政となり、一層慕われることとなっている。
 また、豊臣家臣団内にも別の三成支持派がいる。豊臣内にも三成派の人間はいくらかいるが、そのなかでもっとも大きな存在が、三成同様秀吉の小姓出身の大谷吉継だ。表立ってあれこれ三成に絡んだり庇ったりすることはしないが、豊臣内で三成がその性格ゆえに孤立しないよう、陰に日向に暗躍しているようである。突っ走りがちな三成を、危うくて見ていられないのだろう。韜晦と嘘と諧謔でできているようなあの男ですら、三成を愛さざるをえないのだ。
 思うに、三成はしっかりしているくせにどこか抜けていたり、他人とずれていたりして、庇護欲を誘うような部分があるのかもしれない。派閥争いで疎まれることはもちろんあるが、三成のアイドルぶりは、いまだ健在だった。
「はぁ~。しかし、鶏ガラはいかんぞ、三成」
 近頃の三成は、鶏ガラとてもう少し肉づきがよいのではないかと思うくらいに全身の肉を削ぎ落としてしまっていた。まだ若いくせに、頬はこけ、眼かが落ちくぼんで、ますます凶悪そうなご面相になっているのに、本人は一向に気にする気配がない。心配するやら笑うやら、騒いでいるのは周囲の人間だけだ。
 家康も、彼を案じる周囲の人間の一人だった。
 手つかずのまま下げられた三成の膳を見て、家康はおにぎりを作ってもらうことにした。おにぎりを作ってもらう間廚で聞けば、三成の膳は近頃手がつけられていないことが多いのだという。おおかた、忙しくしているうちに食事時を逃してしまっているのだろう。いかにも三成らしいことだ。
 小さなおにぎりふたつに漬け物を載せた皿を持って、家康は三成の籠もっている部屋を訪れた。
「三成、飯を」
「そこに置いてゆけ。手が空いたら食う」
 食わないか、という言葉は最後まで言わせてもらえなかった。歓迎されるとは思っていなかったが、三成は家康を一瞥すると、すぐさま背を向けて作業を再開し始めた。
「そう言って、いつも手つかずの膳を下げさせているのだろう? 配膳係が嘆いていたぞ」
 三成がじろりと振り返り、唇を引き結んだまま、家康を見た。なぜ知っている、という顔である。
「城中の人間なら、廚の女たちから城内の不寝番まで皆懇意にしているからな。お前の不摂生など筒抜けだぞ」
「いい加減にしろ。こうして私に構うのも、貴様の大好きな馴れ合いの一環か? だが、私は貴様と絆など結びたくはない!」
 乱暴に投げられた筆が机上を転がり、転がった先の紙にぺたりぺたりと墨の痕を残す。三成は家康を振り返り、私に構うなと怒鳴りつけたが、家康は却ってそれに破顔してみせた。
「ようやくこっちを向いたな。さあ、食え。まだあたたかいぞ」
 炊き立ての米で握ったおにぎりだ。表面はつやつやしており、割れば中から湯気が立つだろう。だが、三成は一言「要らん」とぷいと顔を背けてしまった。頑なな様子に、さすがの家康もむっとして、いささか脅しをかけてやることにした。この男にとって、もっとも有効なのは、秀吉の名を使うことだということを、家康はよくよく知っていた。
「食べなければ、体が持たん。お前が体調を崩して倒れでもしたら、政務は滞り、秀吉殿も皆も困るだろう。だから、ちゃんと食わなきゃだめなんだ」
 家康の言い分は、いちいちもっともだった。豊臣はできたばかりの組織で、いまだ標準化も効率化もされていない。だから、三成が倒れても代わりに同じように仕事をこなせる者がいないのだ。本来であれば、誰がやっても同じ品質でできるよう制度を作るべきではあるが、豊臣はまだその段階まで到達していない。秀吉の意思を受け、三成ら官僚が試行錯誤を重ねながら、法令やしきたりを作っている最中だった。だからこそ、三成が倒れるわけにはいかないのだが、当の本人はとかく寝食を疎かにしがちだった。
「それは、確かに貴様の言うとおりだが…」
「言うとおりだが?」
 三成はやや俯くと、ちいさく漏らした。
「…食うと下すのだ」