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あさめしのり
あさめしのり
novelistID. 4367
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花の顔既に朽ちぬれど、

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 吐き出すような言葉は、苛立ちの陰にいくらかの羞恥を含んでもいた。家康はやや驚いて、三成に言わせてしまった己を悔いた。
 いいから失せろと突っぱねることもできたのに、三成はそれをしなかった。結局、秀吉の名まで出してきた家康だ。事情を話さねば退かぬと思ったのかもしれない。
「そ、そうか…そんなに悪かったのか。その、無神経なことを言ってすまなかったな。食べたくても食べられないとはつゆ知らず…」
「そうではない! …私が悪いのだ。責は私にある」
 強さを至上とする秀吉の側近である三成は、自身に誰よりも強くあれと課しているのだろう。傲慢で自信家だと思われがちだが、時にこの男は驚くほどに自責的だ。
 三成は薄い唇を噛んだ。
「私は、私の脆弱さを憎む」
「あのなあ、三成。筋肉は鍛えられても、内臓は鍛えようがないだろう? お前は責任感が人一倍強いから、それが腹に負担になっているのかもしれない。だがな、そこまで思い詰めるということは、言い換えれば、お前は誰よりもまじめで勤勉な人間だということになるじゃないか」
「…時に家康、貴様は腹を下さんのか」
「いや、ワシはあまりそういう経験はないなあ。何しろ体が丈夫なのだけが取り柄で」
「貴様の理論を借りれば、貴様は豊臣に不誠実ということになるが」
「えっ、いや、そういうわけじゃないぞ! ワシの腹が丈夫なだけで……あっ」
 それ見たことか、と三成はため息をついた。
「やはり、私が悪いのではないか」
「三成、」
「貴様が豊臣を軽んじているとは思わん。そのために、腹具合が悪くならないというわけでもないことは承知している。…おそらく、ほかの連中もそうだろう」
 隠す必要を感じなくなったのだろう。三成は、鳩尾のあたりを拳で強く押さえ込んだ。
「痛むのか…?」
「ほかには言うなよ」
 じろりと睨み据えられて、家康は、わかっている、と答えた。三成でなくとも、弱みを晒すのはいやなものだ。それに、成り行き上とはいえ、三成が自分にだけはその秘密を教えてくれたことが嬉しかった。他人が知らない三成の弱みだ。そう易々と教えるわけがない。
「案じるな。口外はしない」
 本心だった。
 三成は、ならいい、と言うや、腹を押さえたまま、ぐったりと横になった。薄い唇から漏れる息はか細く、眉間には痛みをこらえるような皺が寄せられている。
「そんなに痛むのか!?」
「大事ない…いつものことだ」
「だが、」
「ほかの人間の前では、思う様横になれんだろうが。貴様の前でくらい休ませろ」
 ちいさく漏らすと、三成は横臥したまま体を丸めた。顔色は悪く、苦痛の表情を浮かべているくせに、胎児のように体を丸め、瞼を閉じるそのあどけない仕草に、家康は何も言えなくなってしまった。
 それに、寝るなら寝所で寝たほうがいいと諭すべきなのだろうが、どうもそれを三成は望んでいないように思われる。執務室の隅で、壁にぴったりと寄り添うようにしばし休むことが、この男が自分自身に許せる最大限の甘えなのかもしれない。
 だから、家康はそっと打ち掛けを三成の体にかけるにとどめた。せめて体を冷やさないように、こんな固い床の間の上でも、少しでも楽に休めるように。
 三成は、壁に顔を向けている。家康には背を向けたままだ。警戒心の強い三成が、背中を許しているという事実に、自分は彼にその存在を認められたのだとぼんやりと思った。
「…膝枕でもしようか?」
「男の膝など要るか」
 それもそうだ。家康は、あぐらをかいた自分の太股を叩いて唸った。硬い太股を枕にしたところで、寝心地がよいとは到底思えない。
 自分の考えにくすりと笑って、家康は故郷の薬師に打診してみようと思った。胃腸の薬がほしいと言ったら、どれほど驚くだろうか。頑丈なだけが取り柄の家康に必要なものはそれこそ傷につける薬ばかりだったから、老齢の薬師は、寿命を縮めんばかりに驚くかもしれない。
「今度、薬を作らせよう。腕のいい薬師なんだ。きっとすぐによくなる」
「…………すまん」
 わずかに三成の肩が身じろぎした。そうして、背を向けていた三成が寝返りをうち、横たわったまま家康を仰ぎ見た。
「早くよくなればいいな。そうしたら、一緒に腹いっぱい飯を食おう」
「フン、仕事が片づいたらつきあってやらなくもない」
 家康は、心の底から三成が元気になればいいと願った。青白い顔をして、痛そうに眉を顰める三成を見ているのはつらい。できれば、健康でいてほしい。そうして、心おきなく食事をしたり酒を飲んだりできるようになってほしい。
 だが、その一方で、このままでいてほしいとも思う。三成が、弱みを晒し、背中を許すのは自分だけでいい。自分だけが彼の秘密を知り、そうして彼のために何かしてやりたいと思ってしまうのもまた事実だった。彼が知れば、くだらない独占欲だと笑うだろうか。だが、家康は自分が感じる気持ちや欲よりも大義名分のほうが大事だとは思わない。
 だから、三成にはめいっぱいやさしくしよう。
 三成が、家康には甘えてくれるように。その望みは、決して実現不可能なものではない。ほかの誰にも言いたくない弱みを、彼は家康には教えてくれたのだ。それだけでも、家康は三成にとって信頼に値する人物か、それに近い存在になれていると考えて差し支えないだろう。三成は、なかなか他人を寄せ付けない代わりに、一度認めた相手は驚くほどその懐に入れてしまう。家康が、秀吉や半兵衛、それから吉継らと同様に、彼の懐に抱かれる日もそう遠くはあるまい。
 そのことが嬉しくて、家康は休む彼の傍にいた。
 ほどなくして、彼は起きあがるだろう。むくりと不機嫌そうな顔で起きあがり、そうしてまた何事もなかったかのように筆をとるのだろう。彼は家康のことなど、まるでないものとして仕事を続けるだろう。薄っぺらいくせに丸い猫背をこちらに向けて、黙々と働くのだろう。
 できればそれを見ていたい。聞こえる音は彼が紙を繰る音と、時折墨を擦る音。それだけでいい。不機嫌で青白い顔の、往古の紅顔の後ろ姿を見ていたいと、家康はそう思った。
 しばらく横になって楽になったのだろう。三成は起き出すと、皿に手を伸ばした。不機嫌そうに起き出すところまでは、家康の予想通りだった。しかし、その先が違っていた。彼は、皿の上のおにぎりを掴むと、口に含んで咀嚼し始めた。
 目を丸くした家康の視線に、三成はふいと目をそらして、
「…今度だけだ」
 何が今度だけなのか、家康は問いただすことはしなかった。家康の前でこんなふうに甘えに似た態度をとることなのか、それとも家康の用意したおにぎりを食べることなのか。どちらでもいい。どちらでも構わない。
 冷えたおにぎりは、ついに三成の腹のなかにおさまった。