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確信犯/生き物の理

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変わることのない日常。変わりようがない雑踏。変わらない友達。当たり前だと思っていた僕の日常。
それがもし、もし、壊れる日が来るとしたら、僕は・・・。

正臣が消えて。園原さんも僕の知らない秘密を抱えていて。静雄さんもダラーズを脱退して。
僕の回りからどんどん人が遠ざかっていく。僕の日常がどんどん変わっていく。
そして、僕も変わってしまった。もう昔の僕には戻ることはないのだろう。
池袋の裏路地から見上げる満月のなんとも醜いこと。ネオンの光りの所為で、月の美しさなどみじんも感じられない。

(実家の方が、綺麗だったな・・・)

実家の方で見ていた月でさえ、変わってしまった。
何か無性に哀しくて寂しくて、目頭が熱くなり僕はその衝動のまま涙を零す。
視界が揺れて上手く空を見ることが出来ない。持っていた鮫のマスクを握りながら、腕で己の涙を拭い裏路地から出ようとする。
流石にこの時間帯にずっとここにいては自分は良い鴨になることぐらい分かっていた。
青葉君達とも別れたのだから尚更僕は家路を急がなくては。そう思い、あと一歩で池袋の有象無象の群れに戻れると言うとき。
凄い力に引っ張られた。しかも後ろから。

「っ」

反射的に息を詰め、身体を硬直させる。けれど、すぐに感じた『あの人の香り』に僕は身体のこわばりをほぐしていく。
僕を引っ張り込んだ人はそのままずるずるとまた裏路地の更に奥、もうネオンの光りさえ届くことのない暗闇へと僕を誘った。
温かい、懐かしい。僕の心の中はその言葉で埋め尽くされ、抱きしめられているその腕にまるで酸欠になっている人間のようにすがりつく。

「やぁ、こんばんわ帝人君」

優しい声音。決してこの人に優しいなんて言葉が似合うわけじゃないと分かっていても。僕の心にすんなり入り込んで染み渡るいたわりの声。

「なーに?学生がこんな時間帯にここにいたらだめじゃない?」

僕を裏路地に引きずり込んだ人間が何を言うか、とも思ったが僕は口に出さない。否、出せなかった。
だって、もしもその言葉を告げて、彼が僕を冷たい目で見たらと思うと・・・・怖くて言えるはずがない。

「ん?どうしたの?もしかして泣いてた?目、赤いよ?」

柔らかい笑みを浮かべて、眉を八の字にしながら僕の頬を撫でてくれる。もう、もう、僕にはこの人しかいないんだ。

「いざやさっ・・・」

僕は、みっともなく彼の腕の中で涙を零し、嗚咽を漏らしながら泣いてしまう。
そんな震える僕の身体を臨也さんは厭がるわけでも嫌うわけでもなく、その細くて綺麗な手で何度も僕の頭を撫でてくれた。
服が台無しになるだろうに。そんなことお構いなしに臨也さんは僕の身体を抱きしめてくれる。

「もう、大丈夫かい?」

「・・・はい、ありがとうございます」

僕はまだ震える手でぎゅっと彼のジャケットを握りしめる。そうでもしないと取り残されてしまいそうで。
そんな僕の心の不安が分かったのか、臨也さんはジャケットを掴んでいる僕の手を取ると、自分の手を繋いでくれた。

「臨也さん・・・」

「これならへーきでしょ?俺はどこにも行かないから」

臨也さんの言葉に、その体温にまた目頭が熱くなる。喉が焼けるようにひりひりし出す。
しゃくりをあげ始めた僕の頬をもう片方の手で臨也さんは撫でてくれて、僕の目尻に唇を堕とした。
ざらりとした舌が僕の涙を舐めている。留まることを知らない、忘れてしまった涙を舐めてくれている。

「いざやさっ・・・」

僕は抵抗らしい抵抗もせずにただ、与えられる体温と臨也さんなりの優しさに祖のみをゆだねた。


*********************************************************************

カタカタとキーを打っていた手を止め、俺は携帯の電源を入れる。
そこには帝人君からのメールや電話がぎっしり。
通常ならうっとうしいと思って変えてしまっているであろうアドレスと電話番号をそのままにしてある。
クスクスと笑いたくなる衝動をそのままに俺は笑う。高らかに!

「あっはははっ!ほんっとうに帝人君って可愛いよね!あぁ、もう大好きだよ!」

帝人君の親友である紀田正臣を追いやったのは他でもない俺。園原杏里の不安を煽り、帝人へ言わないようにしたのも俺。
シズちゃんがダラーズを抜けるようにしてやったのも俺。帝人君が粛清をし出すようにしたのも俺。
そう、帝人君の日常を壊したのはこの、俺!

「あぁ、すっごく俺好みになってくれちゃって・・・!帝人君本当に可愛いんだから」

携帯のメールを開いてみるとそこには俺への思いでいっぱいな文章達。

『臨也さん今お時間大丈夫ですか?会いたいです』『臨也さん、忙しいんですよね・・・ごめんなさい我が侭言って』

『声、だけでもだめですか?』『せめてメールください・・・』

完結に、たった一文。それでもこの俺を渇望していることがありありと分かる。なんて楽しいんだ!
俺はメールを全て見終わると、また携帯の電源を落とした。

「すぐに飴を上げるわけ、ないだろう」

池袋の方を一瞥し、俺からのメール、電話を待ち望んでいるであろう帝人君を嗤いながら俺はまたキーを打ち始めた。


作品名:確信犯/生き物の理 作家名:霜月(しー)