Heidenröslein
空には月の姿がない。
闇夜だ。
それでも街灯がぽつりぽつりと立っているから道を進むのには困らなかった。
「これ以上はついてくるな」
隣を歩く九兵衛は不機嫌な声で告げる。
「ついていってるつもりはねェ。仕事だからしかたなく送り届けるんだ」
土方も不機嫌な声を返す。
「騒ぎをおこしたテメーが悪い」
市中見廻りの最中に、乱闘を発見し、駆けつけてみたら、そこには男たちと戦う九兵衛がいた。地には男が何人も倒れていた。土方は山崎とともに喧嘩に割って入って、騒ぎを治め、双方から事情を聞いた。
それによると、父親の借金のカタに娘が男たちに無理矢理どこかにつれていかれようとしているところに、たまたま九兵衛が通りかかって次の瞬間には娘をつかまえていた男を斬り捨て、もちろん他の男たちが黙っているはずもなくて次々に九兵衛を倒そうとしたが逆に倒され、だが引き下がるわけにはいかず倒れていない者が仲間を呼んで、騒ぎはどんどん大きくなったそうだ。
話を聞く限りでは九兵衛に分はなかった。しかし、土方は九兵衛と戦っていた者のメンツを見て脳裏にひらめくものがあった。そして、娘の父親の借金の理由を理由をたずねると、途端に男たちの歯切れが悪くなった。そういやテメーらのたまり場で違法な賭博が行われてるって噂があるがほんとうか、と問うと、男たちは顔をひきつらせて否定して借金はもういいと言って逃げるように去っていった。
そのあと、娘の父親にもう博打には手を出させないよう少々にらんでおき、そして、土方が九兵衛を送り届けることになり、今に至る。
「アンタ、いちおうセレブなんだろ。いい家のお嬢さんらしくしてたらどうだ」
土方は九兵衛が左眼を失った原因を思い出す。
九兵衛がなにもせずにいられなかったのは理解できる。
だが。
「確かにアンタは強い。けど、無敵ってワケじゃねーだろ。それに敵の数が増えたら、それだけ不利になる。自分を過信するな。正義感だけで突っ走ったら、いつか大怪我するかもしれねェ」
片眼だけでは済まないときが来るかもしれない。
「特にアンタはどう転んでも女だ。あーゆーヤツらと喧嘩して負けてつかまっちまったら、どういうめに遭わされるかぐらいわかるだろうが」
そう説教した。
けれども、九兵衛は肯定も否定もしない。表情すら変えなかった。まえを向いて黙々と歩いている。
返事を期待していたわけではないので、土方はそれ以上はなにも言わなかった。
だから、二人とも無言で歩き続ける。
ふと。
背後から不穏な気配がした。
足を止め、振り返ると同時に、右手を刀の柄にやる。
「……よくもさっきは恥かかせてくれたな。このままじゃあ、俺たちの面目丸つぶれだ」
さっき九兵衛と戦っていた者たちだ。人数が増えている。
土方は一歩まえに出た。
「おめーら揃いも揃ってバカか。警察に喧嘩売ったら、即、公務執行妨害になるぞ」
そう冷静に告げる。
すると男たちはあざけるように笑う。
「てめェを生きて返さなければいい」
「いくら真選組の鬼の副長とはいえ、これだけの大人数相手に勝てるわきゃねェもんな」
そして、彼らは足を踏みだした。
闇夜だ。
それでも街灯がぽつりぽつりと立っているから道を進むのには困らなかった。
「これ以上はついてくるな」
隣を歩く九兵衛は不機嫌な声で告げる。
「ついていってるつもりはねェ。仕事だからしかたなく送り届けるんだ」
土方も不機嫌な声を返す。
「騒ぎをおこしたテメーが悪い」
市中見廻りの最中に、乱闘を発見し、駆けつけてみたら、そこには男たちと戦う九兵衛がいた。地には男が何人も倒れていた。土方は山崎とともに喧嘩に割って入って、騒ぎを治め、双方から事情を聞いた。
それによると、父親の借金のカタに娘が男たちに無理矢理どこかにつれていかれようとしているところに、たまたま九兵衛が通りかかって次の瞬間には娘をつかまえていた男を斬り捨て、もちろん他の男たちが黙っているはずもなくて次々に九兵衛を倒そうとしたが逆に倒され、だが引き下がるわけにはいかず倒れていない者が仲間を呼んで、騒ぎはどんどん大きくなったそうだ。
話を聞く限りでは九兵衛に分はなかった。しかし、土方は九兵衛と戦っていた者のメンツを見て脳裏にひらめくものがあった。そして、娘の父親の借金の理由を理由をたずねると、途端に男たちの歯切れが悪くなった。そういやテメーらのたまり場で違法な賭博が行われてるって噂があるがほんとうか、と問うと、男たちは顔をひきつらせて否定して借金はもういいと言って逃げるように去っていった。
そのあと、娘の父親にもう博打には手を出させないよう少々にらんでおき、そして、土方が九兵衛を送り届けることになり、今に至る。
「アンタ、いちおうセレブなんだろ。いい家のお嬢さんらしくしてたらどうだ」
土方は九兵衛が左眼を失った原因を思い出す。
九兵衛がなにもせずにいられなかったのは理解できる。
だが。
「確かにアンタは強い。けど、無敵ってワケじゃねーだろ。それに敵の数が増えたら、それだけ不利になる。自分を過信するな。正義感だけで突っ走ったら、いつか大怪我するかもしれねェ」
片眼だけでは済まないときが来るかもしれない。
「特にアンタはどう転んでも女だ。あーゆーヤツらと喧嘩して負けてつかまっちまったら、どういうめに遭わされるかぐらいわかるだろうが」
そう説教した。
けれども、九兵衛は肯定も否定もしない。表情すら変えなかった。まえを向いて黙々と歩いている。
返事を期待していたわけではないので、土方はそれ以上はなにも言わなかった。
だから、二人とも無言で歩き続ける。
ふと。
背後から不穏な気配がした。
足を止め、振り返ると同時に、右手を刀の柄にやる。
「……よくもさっきは恥かかせてくれたな。このままじゃあ、俺たちの面目丸つぶれだ」
さっき九兵衛と戦っていた者たちだ。人数が増えている。
土方は一歩まえに出た。
「おめーら揃いも揃ってバカか。警察に喧嘩売ったら、即、公務執行妨害になるぞ」
そう冷静に告げる。
すると男たちはあざけるように笑う。
「てめェを生きて返さなければいい」
「いくら真選組の鬼の副長とはいえ、これだけの大人数相手に勝てるわきゃねェもんな」
そして、彼らは足を踏みだした。
作品名:Heidenröslein 作家名:hujio