Heidenröslein
土方は鯉口を切った。
しかし、抜刀するまえに止められる。
隣に並んだ九兵衛に。
「これは僕の敵だ!」
九兵衛は土方を抜き去り、押し寄せてくる男たちの中に突っこんでいく。
すかさず男たちは九兵衛に斬りかかった、その直後、九兵衛は刀を抜いた。
まさに神の速さの居合い。
九兵衛の近くにいた男たちが倒れる。
「ひ、ひるむな!」
男の声が挙がり、すると、倒れていない男たちがはっとした表情になり、九兵衛に襲いかかる。
それを九兵衛は討ち取ってゆく。
だが、やはり人数が多すぎる。
土方は九兵衛が疲れるまえに助太刀しようと決めた。
その瞬間。
九兵衛がふいに土方のほうを見た。
まるで憎い敵をにらみつけるような強い眼差が土方に向けられる。
そして。
「邪魔をするな!」
そう怒鳴った。
間髪いれず、襲いかかってくる敵のほうを向き、即座に仕留める。
土方は息を呑まずにはいられなかった。
その強さに。
そして、その誇り高さに。
まるで薔薇だ。
華やかでありながら媚びず、手折ろうとする者の手を刺す棘を持つ、薔薇だ。
それも庭に植えられたものではなく、野に力強く生きて凜と咲く薔薇だ。
眼に、脳裏に、その活き活きとした姿を焼きつける。
やがて、九兵衛がほとんどの者を倒し、残っていた者は恐れおののいて逃げてしまった。
「……大丈夫か」
土方は九兵衛に近づいてゆき、たずねる。
九兵衛は口で息をし、その肌にはうっすらと汗が浮かんでいた。頭のうしろで束ねた黒髪も幾筋か顔の横に落ちている。
その眼が土方のほうを向いた。
一度大きく息を吐きだすと、言う。
「君の、まわりの、女はみんな、弱かったのかも知れない。君が、護らなければ、ならなかったのかも知れない。でも、僕は、違う」
強い瞳は真っ直ぐに土方を見ている。
「君の大切な人は、君が護りきれずに死んでしまったのかも知れない。けれど、僕は、生きてる。君が護ってくれなくたって、生きてる」
九兵衛に見すえられながら、頭に浮かんだのは、儚く亡くなってしまったミツバの顔。
「君は、僕に自分を過信するなと言った。だが、過信しているのは君のほうじゃないか。君は自分の護りたいものをすべて護れるとでも思ってる、思ってたんじゃないのか。だけど、本当はそこまで万能じゃなかった。でも、そんなの仕方ないじゃないか。この世に万能な人間なんかいないだろうし、どうにもならないこともあるのだから」
市中見廻りをしているとき、まだ騒ぎを発見するまえ、山崎から言われた。いいかげん休んでください、と控えめな声で。
ここ最近、土方は休みなく働いている。ミツバの葬儀が終わってからずっと。
仕事が忙しいからではなく、ただ仕事をしていれば仕事のことだけを考えていればいいから仕事をしたいだけで。
「それに、君に護ってもらわなくていい者もいるし、護ってもらうばかりでなくていい者もいる。ほんとうは君のその大切な人だって、護ってもらってばかりは嫌だったかも知れない」
そう言ったあと、九兵衛は眼をそらした。
「……今となってはもう確認しようがないことだが」
作品名:Heidenröslein 作家名:hujio