最愛の人
花たちばな
一、
天の頂をすぎた太陽の放つ強い光が縁側から差しこんでくる。けれど、ひどく暑いというほどではなく、銀時は部屋の障子に背中を預けて座り、心地よい眠りの中にいた。
それが、ふいに破られる。
それも乱暴に。
ふわふわとした癖毛の銀髪頭をだれかになにかで叩かれたのだ。
驚いて、眼を開け、顔をあげる。
正面に、桂が立っていた。
「やっと眼がさめたようだな」
桂は銀時を見おろし、胸を張ってえらそうに告げた。
その青年と呼ぶにはまだ早いような幼さを残した顔に浮かぶ表情は厳しい。
右手は書物を持っている。あれで銀時の頭を叩いたらしい。
桂の肌は白く、手はほっそりとして優しげである。だが、日々、その手に竹刀を持って剣術の稽古に精進しているので、見ためとは異なり力がかなりある。打ち下ろしたのが竹刀ではなく書物であっても、力いっぱい叩かれれば、とうぜん痛い。
「……テメー」
銀時は低くうなるように言う。
「他人がせっかくいい気分で寝てるのに、邪魔すんじゃねーよ」
「邪魔をしてなにが悪い。どうせ貴様は寝すぎなぐらい寝ていて、寝不足だとはとても言えんはずだ。それに、だいたい、松陽先生の講義を聞かずに寝るなど言語道断だ」
ここは松陽の家だ。
松陽は自宅で塾を主宰している。桂はその塾生だ。銀時もいちおう塾生である。いちおうがつくのは本人にその気がほとんどないからだ。
銀時は生まれ故郷を離れてひとりでさすらっているときに松陽にひろわれた。今は、縁もゆかりも血のつながりもない松陽とこの家でふたりで暮らしている。そして、松陽にすすめられて、講義に参加するようになった。ただし、勉強をするつもりはない。講義のあいだは寝ていることが多い。
「そんなのいつものことじゃねーか。いまさらだろ」
「そのいつものことだというのが、大問題なんだろうが!」
桂は眦をキッとあげ、切れ長の眼を鋭くして銀時をにらむ。
しかし、銀時はひるまず、だるそうな様子で、さっき桂に叩かれた頭をボリボリとかく。