最愛の人
「あーあ、うっせーうっせーうっせーなー」
「なんだその態度は!」
「テメーにギャーギャーわめかれるスジアイはねェよ。講義は終わったんだ、さっさと帰れ」
銀時は右の手のひらを軽く振って追い払う仕草をしてみせる。
すると、桂は長い睫毛に縁取られた眼をいっそう大きく開いた。その唇が強く引き結ばれる。
なにか言い返してくることを銀時は予想したが、それは外れた。
桂は口を開かないまま、踵を返した。
肩を怒らせ畳を踏み鳴らして周囲に苛立ちを撒き散らしながら、去ってゆく。
頭のうしろの高い位置でひとつに結われている長く艶やかな黒髪が、まるで馬の尻尾のように揺れている。
銀時は眼をそらし、ゆるく合わせたきもののまえから手を入れて、肩をぼりぼりとかく。
しばらくして、畳から立ちあがる。
外に行こうと思った。
両腕をあげて伸びをしながら、ふわあと大きなてあくびをする。
縁側に出た。
なにげなく視線を庭のほうにやる。
そこに桂の姿があった。
桂は門のほうへと向かっている。帰るのだろう。
だが、ひとりではなかった。隣に同い年の塾生がいて、桂に話しかけている。桂はその塾生のほうに顔を向けて話を聞いていた。
なんの話をしているのだろう。
気になった。
話をしている相手の塾生のほうが桂よりも背が高くてがっしりしていて、その体格の違いが、逆になんだか様になっているようで、それもまた気になった。胸を爪で引っ掻かれたような痛みが走った。妙なことだが、苛立った。
「……桂ってさァ」
ふいに、話しかけられた。
いつのまにか横に別の塾生がいた。いつも明るく、物事にあまりこだわらない性格で、友人が多く、銀時とも仲が良い。
「綺麗だよね」
「はぁ?」
「このまえ、深野さんから恋情を告白されてた」
「は、」
とまどう。
「てか、深野さんって男だろ」
「うん」