最愛の人
「……じゃあ、とりあえず一歩前進ってことで」
銀時は軽く肩をすくめた。
「まァ、俺もこの手のことは初めてだし、ゆっくり行くとするか」
そう言って、少し笑う。去っていこうとするまえに見せた自嘲的なものとは違う、穏やかな笑みだった。
しかし、それとは別のことが気になった。
「初めてなのか?」
たしかにこれまで銀時について浮いた話を聞いたことはなかったが、もしかしたら自分の知らないところでなにかあったかも知れないと思っていた。
銀時は眼を細め、不機嫌そうな表情になる。
「てめェ、急に察しよくなってるんじゃねェよ」
「それで」
「つーか、雨、マシになったんじゃねェか」
さえぎるように銀時が言った。
話をそらされたとは感じたが、たしかに聞こえてくる雨音は先程までと比べてずいぶん小さくなっていて、つい、そちらのほうに気が取られる。
「そのようだな」
「んじゃ、帰ろうぜ」
「ああ」
同意する。
それから、銀時が歩きだしたのに合わせて、足を踏みだす。
戸の近くまで進む。
外へ出た。
相変わらず雨は降っていた。けれど、小降りになっていた。空も納屋の中に入るまえと比べて明るさを幾分とりもどしている。
銀時が番傘を開いた。
うながされて、桂は軒下から離れる。
しとしとと降る雨の中、銀時の差す傘の下、ふたり肩を並べて歩いた。