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涼風 あおい
涼風 あおい
novelistID. 18630
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折れたページの角

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 そう言いながら日向は、最初に買っていった数学の参考書を開いて俺の机の上に置いた。角が折られたそのページには、楕円の中に記された『音無にきく』という文字と矢印、そして書いては消したような跡があった。
「“音無にきく”って…」
「えっ!?あ…いや…周りの奴らはバカばっかだからさ!音無なら勉強もできるし、教えるのも上手そうだなと思って!よく友達に教えてるだろ?」
 確かにクラスの中でも比較的話す奴らに聞かれて教えることはあるが…。
「見てたのか?」
「―っ!いや!友達が教えてもらったって言ってたからさ!俺も聞いたら教えてくれるかと思って!…それより、これ、教えてくれねー?」
 俺としてはとても気になるところだが、確かに今は勉強の方が大事だと自分に言い聞かせて、手持ちのルーズリーフに解説しながら問題を解いてやった。
 日向がうんうん言いながら俺の書いた解説用メモとにらめっこしている間、日向が持ってきた参考書をペラペラ捲る。
 時折日向が問いかけてきて、それに返答して、多少時間はかかったものの、無事理解できたようだ。
「はー助かったぜ!サンキューな、音無!」
 そう言うと日向は仲間のところへ帰っていってしまった。
 日向の笑顔って、こんなに眩しかったか?なんて事を考えながら、さっきのことと、他にも角の折れたページがあることが気になっていた。

 次の日、家の用事を済ませてからバイトに向かうと、店の外に日向がいた。
 なにやらぶつぶつ言いながらうろうろしている。
「日向?なにやってんだ?」
「わっ!?」
 声をかけるとこっちが驚くくらいの声量で驚かれた。
「い、いや…ちょっと雑誌を買いに…」
「そ、そうか。見つからないなら探すの手伝うよ。今着替えてくるからちょっと待ってろ」
 着替えてタイムカードを押し、日向の捜し物を手伝う。探していた野球雑誌は比較的すぐに見つかった。
「サンキューな」
「気にするな。というか、客の捜し物手伝うのも書店員の仕事だしな」
 そう言うと日向は少し寂しそうに「そうか」と言った。寂しそうな日向なんて学校じゃまず見られない。そんな日向に少し動揺して、話題を変えた。
「そういえば勉強の調子はどうなんだ?」
「あー…音無の助言で1冊をやりこんでるおかげで分かってきたような気はするんだけどな…やっぱりまだモヤがかかっててさー…」
「…お前でも悩むことあるんだな」
 元気のない日向を見ていたら、頭で思っていたことがうっかり口から出てしまった。
 言ったあとで気づいてももう遅い。ひでーなと日向は力なく笑った。
「あ、いや、いつも友達と元気そうに騒いでるから!…ごめん…」
「い、つも…?あ、謝るなって!そうだな、学校では友達とわーわー騒いで楽しいからなー。普段騒いでる仲間といるときは悩みなんて吹き飛んでるのかもな」
 つまり俺と居るときは楽しくないってことか…。
 そのことに少し傷ついて、今度は俺の表情に影がかかる。
「音無といるときは、なんつーか気を張らずに済むから弱音が出ちまうのかも、な」
 少し照れたような日向の言葉に、自意識過剰かもしれないと自制しながらも、頬が熱くなるのを止められなかった。


 いつからかなんて、きっと最初からだったんだ。
 自分でも気づかずにいただけで、きっとずっとあったんだろう。
 近づいてみて気づいた。
 俺は日向に惹かれてるんだ。
 それも人間としてじゃなく――。


「音無わりー…またちょっと教えて欲しいんだけど…」
 期末試験に向けて学校内が勉強ムードになってきた頃、また日向が休み時間中に話しかけてきた。
 この前のように、手持ちのルーズリーフに書いて解説する。
「サンキュ!助かったぜ!いつもありがとな」
 いいのか、1問で。まだ角折ってあるページあるだろ?
 そう言う代わりに俺は自席へ戻ろうとする日向の腕を掴んだ。 
「なぁ…よかったら今度うち来いよ。わかんないとこ全部教えてやるから」


 ライバルは多い。けど、気づいてしまったからには負けられない。
 日向の笑顔はきっと独り占めできない。
 でもせめて、他の人には見せていない不安や寂しさは、俺にだけ見せろよ。


 びっくりして俺を見た日向の顔が赤かったのは自惚れではなかったとわかるまで、そう日数はかからなかった。
 

作品名:折れたページの角 作家名:涼風 あおい