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【無二の接点】

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 信用できない奴。
平和島静雄の折原臨也への第一印象はあまり良いものではなかった。
「俺は人間が好きだ」
 一年前に旧友の紹介で出会ってからそれ以来、折原臨也から好意と呼べる感情がこもった言葉というのはこれしかなかったと平和島静雄は記憶している。巧みな話術は全て人を嵌め、人心を操るばかりで、決して自分の本音を語るのには用いられなかった。
 その彼がどのような経緯で次の言葉を発するに心境に至ったかは想像に委ねる。
「参ったことに、俺は君のことが特別好きみたいだ。愛してる!」
 平和島静雄だけに向けられたその台詞は潔いほどに清々しい声だった。
 それすら罠だったかもしれないと平和島静雄は考えたが、人の愛情に飢えていた自動喧嘩人形は抱いていたはずの疑惑をころりと好意に変えられてしまった。ただ、ここで特筆すべきは折原臨也が本気だったこと。平和島静雄が信じ切るには心もとない部分もあったが、二人は程なくして互いの合意で住まいを同じくするに至った。


○2月1日
 二人での生活を優先する為だと、今まで現地で直接携わっていた北陸での仕事を後任に引き継ぐことにした臨也を見送るため静雄は駅まで出向いた。犬猿の仲として名高い有名人の姿に改札口の前で今にも喧嘩が始まるのではないかと危惧する人目など憚らずに、二人は出発までの短い時間を惜しんで睦まじい会話を交わしていた。
「背後には気をつけろよ」
「それが出張に向かう恋人への言葉?」
「浮気…すんなよ」
「8日には帰るよ。一週間なんてすぐさ」
「…ああ」
「そんな顔しないで。首でも洗って待ってなよ」
「それが仮にも恋人に言う台詞かよ」
「お互い様でしょ、シズちゃん」
「その呼び方は止めろって言ってるだろ」
 そろそろ行かなきゃ、と別れの間際に手の平に落とすように臨也から渡されたのは指輪だった。見ればいつも左右の人差し指にしている対称のデザインをしたそれが左指にだけない。他人を全くと言っていいほど信用しない臨也が愛用の指輪を預けてくれた。それが何より静雄にとっては嬉しかった。喜びも束の間、改札を抜けたその背はあっと言う間に人混みに紛れてしまっていた。静雄は見えなくなった後もしばらくその場に佇んでいた。
 そして。それが、平和島静雄が最後に見た情報屋、折原臨也の姿だった。


○2月8日
 臨也が北陸に出向いてから一週間。今日は帰ってくると言った日。約束を信じて疑わない静雄は慣れない手料理をテーブルの上に並べて待っていた。出来合いの惣菜やインスタント食品を好まない恋人のために前から少しずつ練習していた。口に合うとように、と何度も味見をした所為で予定より量の減ってしまった肉じゃがの器を眺めてみたり、食器の配置に無駄にこだわってしまったりと気付けば時計の針は夕食時を既に過ぎていた。
 メールはしたが返事はなかった。電話をしようとも思ったが、臨也の職業柄、時間を問わない取引の邪魔になってはいけないと控えることにした。これでも相手に理解のある恋人だと自負している。
 手持ち無沙汰に部屋の掃除でもするかと視線を泳がせていると、段ボールの積まれた部屋の角が目についた。一足先に臨也からの荷物は届いているのだが、一緒に添えられた手紙に戻ってきてから片付けるから触らないようにと書かれたのでその通りそのままにしてある。
 日付が変わろうとする頃になっても臨也は帰ってこなかった。結局ささやかな晩餐は半分ほどが静雄の胃に収められ、残りは次の日の朝食にすることにした。


○2月9日
 次の日になっても帰って来ないので携帯に電話をした。電源は入っていたが、繋がらなかった。
 嵩張って仕方がないので荷解きをすることにする。一切連絡を寄越さないことへの憤りにかられて破壊しなかった俺は褒められてもいいと思いながら、静雄は力任せにガムテープを剥がす。段ボールに詰められていたのは着替えや書類、本など様々だった。後任にすべて引き継ぐと言ってもかなりの私物を置いていたようで、出掛ける前に作っていった書籍棚のスペースに全部入り切るか不安になった。分厚い辞書を並べている途中、臨也と違ってそこまで細かいことに頓着しない静雄が乱暴に扱ってしまった所為でそのうちのひとつが床に落ちる。
 何が書いてあるのかさっぱりわからない、静雄はわかろうとする気もない外国語の辞書だった。その間から紙切れがはみ出していた。抜き取って見ると、それは二枚の写真で、どちらとも何処かの建物が写されていた。東京では見たことがない場所だったので、北陸の街の何処かなのかもしれないとぼんやりと思った。


○2月11日
 臨也帰宅予定日の3日後。静雄は新羅のマンションを訪れていた。静雄と臨也にとっての月下氷人であり、臨也との付き合い自体も長く、また闇医者という仕事上、表立っては流れない情報などを知っていることがある。音信不通で三日になるのだが、何か臨也について耳にしていないかと尋ねると、新羅はあっけらかんと言い放った。
「あいつは昔からそういう奴さ」
 それから始まり、中学時代の話。静雄の知らなかった高校、大学時代のこと。新羅から過去の話が紡ぎ出されていけばいくほど、静雄は臨也について実のところ何も知らないのだと思い知らされた。同席していたセルティも仕事で付き合いがあるので、それに関しては静雄よりもずっと情報屋としての臨也を知っていた。喧嘩しか接点がなかった静雄は深く臨也を知ろうともせず、ただ甘い時間に身を任せるだけで、愛想を尽かされても仕方がない。何て浅はかだったのだろうと耳を塞ぎたかった。代わりに口から出たのは、思いだけは誰にも負けないのだという意地のような言葉だった。
「北陸に行ってくる」


○2月12日
 仕事は急遽休みをもらい、時間も調べず飛び乗った列車にゆるゆる揺られているうちに、いつかした臨也との会話が静雄の脳裏に蘇る。
「シズちゃんは身長が高くて俺が小さく見えちゃうね」
 隣に並んでは静雄を見上げ、
「シズちゃんの手は大きくて好きだよ」
 そう言って愛おしそうに静雄の掌にほお擦りし、
「シズちゃんの中はすごくあったかいね」
 身体を繋げて甘やかに臨也は口づけた。
(もしかしたら奴は俺を誰かと比べていたのか?)
 いつか二人で行こうと言っていた北陸へ今静雄は一人で向かっている。
 北陸に何が待っているのか。漠然とした不安と焦燥感は車窓の外を流れていく見慣れない雪の所為にしたかった。

 目的の駅に着くと、事前に連絡を入れておいた臨也の後任という男が駅まで迎えに来ていた。竜ヶ峰帝人といって、黒い髪を短く切り揃え、仰々しい名前と違い真面目で誠実そうな印象を与える青年だった。臨也から聞いていたよりも随分若く見えたので静雄は素直にそう伝えたら、童顔なんですよ、と困った風に笑った。それがまた幼くて、どうにも臨也の後任には似つかわしくないなと思ったが、次には真面目な顔付きになって静雄を真っ直ぐ見詰めていた。そのギャップに思わず息を呑む。
「海岸で死体が上がりました」
 短く要点を。
「二十代で黒いコートを着ていたそうです」
 的確に伝えられて、ああ、奴の後任に違いない。そうすぐに静雄は評価を改めた。
作品名:【無二の接点】 作家名:らんげお