【無二の接点】
幾十冊もある書籍の中で、しかも万に一つの気まぐれにも静雄が手に取ることのないと踏んだ辞書の中に隠した秘密が見つかってしまったのは、もう運命だとしか言えないだろう。臨也は諦めにも似た笑いを浮かべた。
「できれば知られたくなかった。君が知らないところで全部清算したかった」
臨也に憧れを抱いていた竜ヶ峰帝人には後任として仕事を。
紀田正臣には臨也から自由になった沙樹を。
愛情を知らない園原杏里には与えられる限りの情愛とありふれた普通の生活を。
「そして三人を再び巡り逢わせることで…許されたかったのかもしれない」
三人が知ることはなかったが、廃屋で交わされた会話を臨也は仕掛けていた機器を通して聞いていた。それが不本意の別れだということも理解していた。
「随分と都合のいい考えだな」
「そうだね。みんな俺の独りよがりだ」
三人が昔のように何でもなかったように再び揃って顔を合わせ、最後に自分は姿を消す。それが臨也の当初の計画だった。竜ヶ峰と紀田の両方に園原の仕事の世話をして欲しいと伝えれば、遅かれ早かれ三人は再び出会う。それを見届けて北陸を離れるつもりだったのだが、竜ヶ峰が臨也が抗争の元凶だと知ってしまった。これは完全な誤算だった、俺の指導の賜物だと臨也が零す。
「俺は命を狙われても仕方がない。だから帝人君の提案に乗った。それで気が済むのならってね。元々俺が切り出そうと思っていたのを彼から言い出してくれたのは助かった」
6日の晩。臨也の問いに黙り込んだ二人に『園原に奈倉が自殺したと思わせる計画』で『竜ヶ峰が臨也を殺す計画』に乗じて姿を晦ます、と告げると正臣は協力を買って出た。代わりにもう誰も、何より沙樹を傷つけないで欲しいと悲痛な声で懇願した。
しかし7日。竜ヶ峰は臨也の背を押さなかった。仕方なく臨也は自分から飛び降りる。そんな仇敵を認めたくなくて、自殺したのは奈倉という人間にしてしまいたかったんだろうと、淡々と臨也は推察を述べる。擦れはあったが、三人が顔を合わせるのを自分の目で確認して、そこで計画は終わるはずだった。
「君が北陸に来たのが一番予想外だった」
そして新羅の事件に至る。
「本当に困ったよ。下手に動いて帝人君と園原杏里に姿を見られるわけにもいかなかったし」
「あーあー悪かったよ」
無鉄砲に飛び出してしまったことに静雄は渋々詫びるが、臨也はむしろ嬉しかったと肩に凭れかかった。
「あの子達はどうなるかな」
「竜ヶ峰は素直で頭のいい奴だ。またすぐやり直せるさ。沙樹は崇拝していたお前の横っ面を引っ叩くくらいだ。正臣も尻に敷くんじゃねえか。園原はまだ危うい面もあるが、二人がいるなら大丈夫だろ。心配いらねえ」
「うん…そうだね」
「まあ、俺は一緒にいてやるから。情報屋辞めちまったお前を養ってやらなきゃいけねえしな」
珍しくしおらしい臨也に、静雄は煙を吐き出して自分より低い位置にある頭にぽんと手を乗せた。
「ありがと、シズちゃん」
「だから…そう呼ぶなって」
短くなった煙草を灰皿に押し付けながら、そう言えば、と静雄がポケットに手を入れる。何だろうと首を傾げる臨也の目の前には、大きな手の平に乗せられた左右対称のデザインの指輪が二つ。臨也のものだった。
「両方ともシズちゃんが持ってたんだ」
「あー…いやもう片方のは勝手に持ってきちまったんだが」
これって犯罪になんのかな、と頭を掻く静雄に臨也が吹き出した。
「自分のものだから心配ないよ」
「あ?」
「それリサイズしてもらったんだ。ぴったりのはずだよ」
見比べるとデザインは同じだが、一方だけ内側が削られて、一回りサイズが大きくなっている。静雄は上手く言葉が出せず、指輪と臨也を交互に見遣った。
「受け取ってくれないかな」
「なるべく壊さねえように気をつけるよ」
「是非そうして欲しいね。二つとないものなんだから」
季節はもうすぐ梅の花が綻ぶ頃になっていた。