あともう少し
折原臨也は珍しく感傷に浸っていた。
「懐かしいな・・」
その手にはあの少女が忘れていった一冊の本があった。
事務所を移転することにしたため、荷物を整理していたのだが、そんなときにそれは物置の奥のダンボールから出てきたのだった。
「俺が“懐かしい”、とか・・・」
一人苦笑して本をぺらぺらとめくっては閉じる。
今はもう、あの少女の顔も名前も思い出せなかった。それどころか今の今まで完全に忘れていて、思い出すことはなかったのだ。
あの時彼女を引き止める理由が確かにあった。しかし、今もそれは知れなかった。
綺麗な黒髪。
ふと、自分の秘書が頭をよぎる。有能だし、ちょうど人手が欲しいからと雇ったのだが、どうやらそれだけではないのかもしれなかった。また苦笑する。
彼は一息入れようと物置を出た。
「終わったの?」
「休憩」
秘書に淹れてもらった紅茶を飲みながらテレビを見る。そこに秘書から声がかかった。
「ねぇ、これ」
「んー?」
振り向けば先ほどのあの本を持った彼女。
「借りてもいい?」
「え、あ、うん。それ下巻だよ?」
「上巻は読んだことあるんだけど、下巻は途中でなくして読んでなかったのよ」
そういうと秘書はソファに座り、それを読み始めた。
その姿が何かに重なった。
心臓の音がいやによく聞こえる。
ほどなくして彼は彼女を雇った訳を知った。
そして頭の中であの期間の日々が駆け巡った。
フラッシュバックのように次々と。
また彼はあの時の感情を鮮明に思い出し、今に持ってくることができた。
彼が少女の顔を思い出すまであと−−−
彼が少女の名前を思い出すまであと−−−