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祝祭の日

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「本当にやるのか?!」
「うん!予定通り決行であります!」
「わかった!」 
 戦場で電波状況の悪い通信機に向かって通話するように俺は現代の携帯電話に向かって声を張り上げた。何故、現代の高性能の通話機能を誇る文明の利器に向かって大声を張り上げなければならなかったかというと、通話相手ーフェリシアーノの背後では、まるで戦場と間違わんばかりの狂乱が起こっており、現在、通話はその騒音によって掻き消されようとしているからだ。騒音、本来は祝福の宴の筈だ。だが、俺の耳に届けられるのは、何かが倒れる音、何かが割れる音、女たちの絹を裂くような悲鳴、男たちの大きな話声と不安を煽るものばかりだった。
ー本当に今日という日はあの国の記念すべき祝祭の日なのだろうか、と一抹の不安がこみあげた。それを打ち消す材料になるかどうかは判断に困るが、暫くすると調子っぱずれの「ゆけ!わが想いよ、金色の翼にのって」の大合唱が洩れ聞こえてきて、嗚呼、一応祝宴なのだな、と思った。あまりの音の外れぶりにヴェルディが聞いたとしてもまさか、自分の曲だとは夢にも思わないだろうそれを聞きながら俺は嘆息した。
「飲み過ぎるなよ!」と、再び携帯電話に向けて声を張り上げると、フェリシアーノの背後では「誰と話してんだバカ弟!あ?まさか、あのじゃがいも野郎じゃねーだろうなぁ!とにかく、俺ばっかに酔っぱらいの相手させてんじゃねーぞコノヤロー!」「ごめん、ごめん兄ちゃん!」と背後に向かって話す声が聞こえる。再び、やっとの事で電話口にフェリシアーノが戻ってくると「了解であります!」という威勢のいい返事が返ってきた。「Gute Nacht」と言おうと口を動かそうとした瞬間電話口の後方で、どっと沸く声がし「わー!」というフェリシアーノの声と、何かが崩れる音を最後に通話は切れた。
 はぁ、という二度目の嘆息と共に携帯電話を見つめた。
 
 今年はフェリシアーノが兄と一緒になって百五十年の記念すべき年。そして、それが百五十年前の今日だった。あいつにしては、真面目に祝賀式典の準備をしていた方だと思う。
 自分も近年、祝賀式典ラッシュを経験していて、その大変さは身に染みていた。「だが、めでたい事で民の為に奔走する事は、大変だが心地よいもんだぞ」とフェリシアーノに諭すように言うと「げぇ…本当、お前ドMでドSだよね…」と呆れ返った声を向けられた事を覚えている。
 そう毎日のように電話口で「準備大変だよ〜終わんないよ〜どうしよう〜」と、泣き言を聞かされ、その度「俺に泣き言を言う暇があったら準備に戻れ!」と、鞭を打ってきた。
 そんな中、フェリシアーノの家は今年の3月17日当日は擦った揉んだの末、休日と決まり祝賀関連のイベントは日曜まで続くだろう、と半ばげんなりした声色で報告をされた。
「四日間連続式典とか俺、死んじゃうかも」
「そんなわけないだろう。当日祝いに行きたいのは山々なんだが…。上司から公式な祝電はいくだろうが、プライベートで行くとなると…日曜まで続くならその日に祝いの品を持っていく」と、伝えるとフェリシアーノは「じゃあ、ヴェネチアにきてよ!祝って!祝って!」と、突拍子もない事を言い始めた。
「何故、ヴェネチアなんだ!式典はトリノだろ!貴様、式典を抜けてサボリたいだけだろ!」
「あは、ばれた?」
 ヴァルガス兄弟はおかしなもので、同じ屋根の下暮らす自分と兄とは違って一応、一つの家で暮らしているものの、統一前に住んでいた北の家をアトリエのような形で残しており、頻繁にそこを行き来していた。つまり、この調子のいいパスタ男は式典を抜け出して、ヴェネチアの家で二人だけで、パーティをやろうと持ちかけているのだった。
「でも、多分抜け出せると思うんだよね〜最終日なんて皆、連日のどんちゃん騒ぎで、へべれけで誰がいるとか誰がいないとか、そんな事気にしてないよ。折角の記念日で、誕生日だからさ、俺お前の手作りバースデーケーキ、ふたりっきりで食べたいな〜」
「分かった、前向きに検討する。あと、抜けていいかどうか、ちゃんと上に確認しろ。自国の統一記念イベント中に主賓が抜け出すなんて話聞いた事ないぞ。話はそれからだ」
「ja!」
 そう、通話を終え翌日再び、着信音が鳴り通話ボタンを押すと、とたんに「抜け出していいって〜!」とはしゃぎ、弾んだ大声が耳に飛び込んできた。
「落ち着け!」
 と、制するもののフェリシアーノは堰を切ったように喋りだし
「『ドイツ人の金髪美人が俺の為に手作りケーキを持ってきてくれるから、それを食べに行っていいですか?』って言ったら『それは統一イベントよりも、国民選挙よりも最優先させるべき重大な事柄だ、むしろ今すぐその金髪美女の元に行って、「ケーキよりケーキを作る愛らしく甘い君の指を食べにきた」ぐらい言ってこい』って言ってたよ〜」と、報告された。
 俺は予想通りの答えに呆れ返るのと同時にEUの未来を瞬間憂い胃が軋んだ。
「…わかった」
「俺も本当は、準備なんて放り出して、ケーキよりもケーキを作る太くてごつごつのお前の指を今すぐ食べに行きたいよ〜」
「馬鹿者!」
 そう、一喝すると勢いで電話を切り、顔が、首が、火のように熱くなるのを感じた。
 
 そういった経緯を経て、俺は狂乱する祝宴の中にいるであろうフェリシアーノを思いながら、次々舞い込んでくる仕事を怒濤のごとく片づけ、奴の為のバースデーケーキを作る時間を捻出し、途中いつの間にかつまみ食いをされるという兄の妨害を越え、なんとか完成に漕ぎ着けたそれを箱に詰め、今イタリアはヴェネチアの地に降り立ったのだった。

 祝賀ムードに包まれた水の都。厳密に言うとここ、ヴェネト州が統一をされたのは百五十年前の今日よりもう少し後の事になるのだが、お祭り好きの国民だ、細かい事は気にせず、この記念すべき日を心の底から楽しんでいるようだった。所々目に付く掲げられた三色旗を横目に水上タクシーをつかまえ、乗り込む。ラグーナ(干潟)に身を寄せ合うようにして建てられた水上国家の中心部から少し離れた所にフェリシアーノのアトリエはある。
 確か、十三世紀くらいに建てた記憶が…という本人の記憶すら曖昧のこの水上の小さな家はひっそりとたゆとうようにして、そこにある。年季の入った元は赤煉瓦だったおぼしき外壁ははげ、その色は殆どはくすんだ灰とも茶ともつかない。そこに、どこからともなく、壁伝いに窓辺へ向かい蔦が延びている。そんな様は玩具の家のようだな、と来訪する度に思う。
 水上タクシーを降り、桟橋に足を下ろす。確かに、足はついているのだが土のそれとは違うその心許ない浮ついた不安感に一瞬襲われる。その不安感を打ち消すようにどたどた、という忙しない足音と共に扉が開かれ、
「Ciao!」
 と、扉の向こうから締まりのない、いつもの笑顔に迎えられた。
「おめでとう、フェリシアーノ」
 と言うと、フェリシアーノは犬のようにまとわりついてきて
「ありがとう〜ありがとう〜」
 と、勢いよく抱きつかれた。
「こら!こんな所で!」
作品名:祝祭の日 作家名:taniguchi