二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

祝祭の日

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 

 あと、数歩後ずされば、水の中という場面。フェリシアーノを押し戻すようにして、家の中に入ると、アトリエとして使っている為、油彩で使用するという、松ヤニの刺激臭が鼻を突いた。何度も来ている場所なので、勝手と間取は把握している。玄関の戸を開ければすぐに階段が飛び込んでくる。右に行けば小さなキッチンとリビング、左に行けばアトリエ。奥のアトリエはこの家の中で一番広いが一番物と画材が溢れ返っており、今にも倒れのし掛かってきそうな自分の身長より大きいキャンバスを警戒して足を踏み入れた事は数度しかない。流れるように、テーブルへ促される。小さなテーブルには、数枚の皿が並べられ、陽光に照らされたワイングラスと、鱈のパテ、蛸のマリネ、鰯の南蛮漬けというフェリシアーノの定番ともいえるアンティパスト(前菜)が既に用意されていた。
「まさか、プリモ ピアット(第一の皿)セコンド ピアット(第二の皿)と続くんじゃないだろうな…」
 と、腕にぶら下がるようにしてまとわりついている男を横目で見ると
「うん、オマールエビとトマトのパスタで、その次が牛ほほ肉のブラザートだよ〜」
 と、屈託なく言ってのけ、へらへらと笑った。
「お前は祝われる方だろ…何故、俺に馳走を振る舞う側に回ってるんだ…」
 こめかみを押さえながら呟くと「俺は連日パーティとかでお腹いっぱいだけど、お前はどうせ、毎日ロクなもん食べてなくて、お腹ぺこぺこだろうなぁ〜と思って!あ、でもお肉料理だけは、トリノのイベントで知り合った料理長に作って貰ったよ〜。流石に俺も短時間で肉料理までは無理だったよ〜俺も、向こうで食べたんだけど凄く美味しいよ〜お前にも食べて貰いたくてさ!」
 そう、言うと男はさりげなく椅子を引き、
「ロクなものを食べてなくて悪かったな」と、悪態をつく俺をテーブルの正面に座らせた。
「席ついた?じゃあ、お披露目してもいいかな?」
 自分の目の前に着席したフェリシアーノがもじもじと、両手の指を合わせながら言う。
「何だ、何を企んでるんだ?」と怪訝な声色で問うと「ヒドイ!俺、何も企んでないよ!」と涙目になりながらも、すぐに切り替え
「じゃーん!俺んちの、美味しいワインでーす!」
 と、どこからともなく一本のワインを取り出した。ずっしりと黒い重厚なボトルには、黄身がかったラベルが巻き付いており、そこには確かにバローロの綴りがしっかり刻まれていた。バローロ、フェリシアーノの家において『ワインの王、王のワイン』と称されるイタリアワイン屈指の銘柄だ。百五十年前の統一に際して、統一を推し進めた王家御用達だった事で『王のワイン』と呼ばれていたが、その豊かな味わいもその二つ名に恥じぬ卓越したものだと聞き及んでいる。
「ほう!」
 と、俺も釣られるようにして感嘆の声をあげる。
「俺、奮発したんだよ〜」
「だから、何故祝われる方が色々準備しているんだ…」
 そんなやりとりをしながら、フェリシアーノは器用な手付きでコルクを開けていく。「靴ひもはロクに結べないくせに、何故こういったことは巧くできるんだ…」と、思わずにはおれない程、男の動作は流れるようだった。いつの間にかコルクは抜き取られ、ボトルからルビー色の液体が静かに注がれる。陽光に照らされたグラスに回るようにして注がれたそれは、太陽に透かした紅玉(ルビー)そのもので、その赤い石の石の意味が『熱情 純愛』である事を思いだし、一瞬顔を赤くし、羞恥に襲われた。
「はい」
 そう、慣れた手つきでグラスを目の前におかれる。

「「乾杯」」

 かちり、とグラスを合わせ、唇に運ぶ。
透き通るルビーレッドの液体から立ち上る、ブルーベリーとスミレの香が鼻孔を擽る。
 その液体を口に含むと、軽やかさの中に隠れる芳醇さ、そして若々しい渋みが喉奥に広がった。
「うまい」
 自然とそう呟いていた。「でしょー」と、得意気に言うフェリシアーノは「でも、俺んちのワインはお料理と一緒に食べてこそ、だからねー」と続け、俺の前に料理を取り分けた皿を並べ始めた。
 昼下がりの陽に照らされる中、フェリシアーノは屈託のない笑顔を無意識に向けた。
 瞬間、鼓動が跳ねた。
 可愛い…。胸中がその単語で埋め尽くされる。死んでも口には出さないが。 
「そうだ、プレゼント…というか、とにかくアレを渡すのを忘れていたな」
 美味い料理と美味い酒に気をとられていて、肝心の祝いの品を忘れるとは、すまん、そう赤面する自分を気取られまいと、持参した箱をフェリシアーノの前に置く。
「ありがと〜!開けていい?」
「聞いてる側から既に開けているだろう、お前…」
 そう、辟易しながら箱を無邪気に開ける男を眺めた。 
「わぁ!すごい!」
 フェリシアーノが感嘆の声を漏らす。
 フェリシアーノの為に作ったバースデーケーキ--オプストクーヘンが箱から出される。チョコビスケット、マジパン、スポンジケーキの土台に色とりどりの果物を溢れんばかりに盛りつけた。薄く切った林檎、ストロベリー、洋ナシ、アプリコット、ブルーベリー、様々な色彩の果物が目を楽しませてくれる。
 自分で作ったものなので、今更何の感動もないが、大袈裟すぎる程大袈裟に感動するフェリシアーノを見て、胸に充足感と幸福感が同時に広がった。
「オプストクーヘンという、色とりどりの果物が輝き賑やかな様がお前のようだと思いながら作った」
 何気ない一言だと思っていた、が、目の前の男は違ったようだ。一瞬、押し黙り顔を上げたと思うと
「うわぁああああああ!うれしいよぉおおお!お前、イタリア男より口説き上手だね!」と、自分の席から勢い良く立ち上がり、俺の膝の上に跨りキスを、頬に、瞼に、鼻先に激しく落とし始めた。
「馬鹿もん!食事中だ!あと、俺は別に口説いとらん!」
 やっとの思いでフェリシアーノを引き剥がす。
「当日に祝いに来れなくて、済まなかった」
「ううん、日付なんて気にしないで。いろんな人と毎日お祝いできるなんて、凄くすてきな事だよ!来年の今日もお祝いしたいくらいだ!」
「来年の今日を祝う理由がないだろう」
「ないなら作っちゃえばいいんじゃないかな?そうだなぁ、オプストクーヘンの日とか」
「なんだそれは…」
 嘆息と共に言葉を吐き出すと、目前に顔を赤く染めるフェリシアーノの双貌があった。
 瞬間見つめあい、時が止まった様に感じた。聞こえる筈のない桟橋に打ち寄せる波の音と、ゴンドラの櫂が立てる水音すら聞こえてくるのではないかという静寂。
 その静寂を潜り抜けフェリシアーノの唇が次の言葉を紡ぐ。

「ねぇ、キスしていい…?」
「さっき、散々しただろ」
「そうじゃないやつ」

 馬鹿者、そう言おうとした唇を塞がれる。
 フェリシアーノの腰を掴むと、二人分の体重をささえている椅子が、ぎぎぎ、という悲鳴を上げた。
 与えられた口づけは、軽やかな果実の味がした。ワインが美味かった日、それでもいい、と思った。
「ねぇ…お前からも頂戴…で…出来れば、の…のーこーでえっちで激しいのがいいであります…俺、ほら…誕生日だったし…」
 半眼で見上げるようにしてせがまれる。
「ja」
作品名:祝祭の日 作家名:taniguchi