サウザント
彼奴から連絡が入ったのは、ちょうど仕事が終わって、隠れ家に戻った時だった。
時間は午前7時過ぎ。これは携帯にメールが残ってるから間違いねえ。
……ヤな仕事だった。胸糞悪いとかじゃなくてめんどくせえ仕事。一晩中駆けずり回って、俺はもう疲れきっていた。身体は汗と埃でドロドロだけど、風呂に入る気も失せるくらい俺は――疲れきっていた。
ベッドの脇で靴を脱ぎ捨て、俺はベッドにダイブする。こんな時は、どんなサイコーの女よりこいつを愛する。俺の思考が意識の淵から、指を離し掛けた――……刹那。
俺はポケットの中で震動したアレによって、現へと引き戻された。
「……ざ、けんなくそ……」
俺はポケットに手を突っ込むと、その矩形――携帯電話を引きずり出した。
液晶画面がメールの受信を通達。
俺はメールを開かなくても、それが誰からなのか判っていた。何でって?そりゃ……
こんな朝っぱらから、この、ジュリオ・ディ・ボンドーネ様にメールを送ってくるクソみたいな奴は、あのカスしかいねーからだよ!
***
時は流れて、今は午後12時チョイ過ぎ。あの後ちょっと眠って、シャワーを浴びた俺は、周囲に目を光らせながら雑踏を歩いていた。
勿論、怪しい奴がいねえか見張るのが主だが、時々『おっ、あのオンナ良いケツだな』とか思ってしまうのはしょうがねえだろ。男として。
俺が向かっているのは、とあるレストランだった。レストランって言ってもバリバリの高級店ではなく、堅気がランチをたしなむようなフッツーのレストラン。
……めんどくせえ。俺はポケットに手を突っ込むと、安煙草を取り出してふかした。本当なら俺はまだベッドの筈なのによ…煙草でも吸わねえとやってられねえんだよ!
んで、俺がそのレストランに着いたのは12時30分を少し回った頃だった。約束は12時だったような気もするけど、んなこたァどうでもいい。ちょっと優しくしてやると、彼奴はすぐ付け上がるから……
俺は煙草をぺっと地面に吐き出して踏み消すと、レストランへ足を踏み入れた。
ばっと俺に店中の女の視線が集まったが、ま、いつものこと。俺は女を品定めしながら、店の奥へ足を進めた。どうせ、いつものように奥を貸し切ってやがるんだろう。
案の定、奥の個室の扉の前には、黒服が二人立っていた。声を掛けなくても、黒服は俺の顔を見て扉を開けてくれた。お仕事ゴクロー様。
***
「ジュリオ…!」
部屋に入った俺を見るやいなや、彼奴は席から立ち上がった。まるで犬みてえだ、と思うと彼奴に耳と尻尾が生えているように見えてきて、…やっぱ疲れてるな、と俺は舌打ちした。
「来てくれて、うれしい」
「うるせえよてめえが呼んだんだろカス。死ね」
「でも、うれしい」
「チッ……」
俺は部屋にずかずかと踏み込むと、椅子を引いてどっかりと腰を下ろした。それを見て、嬉しそうに奴も再び腰を下ろす。この、生娘みたいに頬を染めてるきもちわりィのは、残念なことに俺達のボスの、ジャンカルロ・デル・モンテだ。
こんな女々しい奴がどうしてボスになれたのかってのは、まあ、色々なれそめがあるんだが、どうでも良いので割愛。まあそのなんやかんやでこいつは俺を酷く気に入ってくれやがったらしく、時々こんな風に、飯に呼び出されたりしているワケだ。何回か抱いてやったくらいで、女房面してんじゃねえよ…ッたく。
「……メシ、食ったのか」
ジャンが大きく首を振る。
「何で先食ってねえんだよバカ!さっさと頼め」
「ジュリオは?」
「同じので良い」
溜め息混じりに言ってやると、ジャンがテーブルの上の室内電話を取り上げて、何事か囁いた。ガチャン、と電話を切ってジャンが顔を上げる。目が合ってドキッとした。……くそ。
「…今日は何か、用かよ」
「あ、…何か用事がないと、呼んじゃだめ?」
「駄目じゃねえに決まってんだろカス!死ね!!」
「ごめんねごめんね」
「謝ってんじゃねえ死ね」
…調子が狂う。俺はポケットから再び煙草を取り出して咥えた。するとジャンがライターで火を点けてくれる。感謝すれば良いところなのに、俺はついつい悪態を吐いてしまう。
「ボスが一兵卒に気ィ遣ってんじゃねえよ。舐められる」
「ごめんね…」
「………いや、いい」
俺は紫煙と溜め息を混ぜて吐いた。ジャンが火を点けたそれを出来るだけ大事に吸いながら、気取られないようジャンを観察する。会ったのは数週間ぶりだが、大して変わっていない気がした。
煙草を丁度吸い終わる頃に料理が来た。お互い大した会話もなく、食事が進む。
多分何を話していいかわからないんだろう、お互い。ともどかしいような苦いような気持ちになる。
「……ドルチェは?」
「要らねえ。甘いもの嫌いなんだよ」
「そうだっけ?」
「そうだよ忘れんな殺すぞ」
俺は料理に目を落としたまま舌打ちした。俺は甘いものが嫌いだ。特にアイスクリームとか。……あれ?
「おかしい」
「何が?」
ジャンが不思議そうに首を傾げた。ジャンがシルバーを使う様子は、まるで貴族のように高貴だ。…まあ、こいつはお坊ちゃんだからな。下町出の俺と違って――……えっ?
「ジャン、……さん?」
「どうかした?」
「………いや、なんつーか」
言いたいことがまとまらなくて、俺は口を閉じた。何か妙な違和感を覚えていた。
「ジュリオ?」
「…………」
「はっきり言ってくれないと、わからないよ」
「…すみ、ません……ジャンさん」
――そうだ。
俺はハッと顔を上げた。すると向かい合う席に、ジャンさんが座って首を傾げている。顔立ちも何もかも、いつものジャンさんだ。
でも俺はそれに、はっきりした違和感を覚えた。………なんだ、そうかあ。
これは、
時間は午前7時過ぎ。これは携帯にメールが残ってるから間違いねえ。
……ヤな仕事だった。胸糞悪いとかじゃなくてめんどくせえ仕事。一晩中駆けずり回って、俺はもう疲れきっていた。身体は汗と埃でドロドロだけど、風呂に入る気も失せるくらい俺は――疲れきっていた。
ベッドの脇で靴を脱ぎ捨て、俺はベッドにダイブする。こんな時は、どんなサイコーの女よりこいつを愛する。俺の思考が意識の淵から、指を離し掛けた――……刹那。
俺はポケットの中で震動したアレによって、現へと引き戻された。
「……ざ、けんなくそ……」
俺はポケットに手を突っ込むと、その矩形――携帯電話を引きずり出した。
液晶画面がメールの受信を通達。
俺はメールを開かなくても、それが誰からなのか判っていた。何でって?そりゃ……
こんな朝っぱらから、この、ジュリオ・ディ・ボンドーネ様にメールを送ってくるクソみたいな奴は、あのカスしかいねーからだよ!
***
時は流れて、今は午後12時チョイ過ぎ。あの後ちょっと眠って、シャワーを浴びた俺は、周囲に目を光らせながら雑踏を歩いていた。
勿論、怪しい奴がいねえか見張るのが主だが、時々『おっ、あのオンナ良いケツだな』とか思ってしまうのはしょうがねえだろ。男として。
俺が向かっているのは、とあるレストランだった。レストランって言ってもバリバリの高級店ではなく、堅気がランチをたしなむようなフッツーのレストラン。
……めんどくせえ。俺はポケットに手を突っ込むと、安煙草を取り出してふかした。本当なら俺はまだベッドの筈なのによ…煙草でも吸わねえとやってられねえんだよ!
んで、俺がそのレストランに着いたのは12時30分を少し回った頃だった。約束は12時だったような気もするけど、んなこたァどうでもいい。ちょっと優しくしてやると、彼奴はすぐ付け上がるから……
俺は煙草をぺっと地面に吐き出して踏み消すと、レストランへ足を踏み入れた。
ばっと俺に店中の女の視線が集まったが、ま、いつものこと。俺は女を品定めしながら、店の奥へ足を進めた。どうせ、いつものように奥を貸し切ってやがるんだろう。
案の定、奥の個室の扉の前には、黒服が二人立っていた。声を掛けなくても、黒服は俺の顔を見て扉を開けてくれた。お仕事ゴクロー様。
***
「ジュリオ…!」
部屋に入った俺を見るやいなや、彼奴は席から立ち上がった。まるで犬みてえだ、と思うと彼奴に耳と尻尾が生えているように見えてきて、…やっぱ疲れてるな、と俺は舌打ちした。
「来てくれて、うれしい」
「うるせえよてめえが呼んだんだろカス。死ね」
「でも、うれしい」
「チッ……」
俺は部屋にずかずかと踏み込むと、椅子を引いてどっかりと腰を下ろした。それを見て、嬉しそうに奴も再び腰を下ろす。この、生娘みたいに頬を染めてるきもちわりィのは、残念なことに俺達のボスの、ジャンカルロ・デル・モンテだ。
こんな女々しい奴がどうしてボスになれたのかってのは、まあ、色々なれそめがあるんだが、どうでも良いので割愛。まあそのなんやかんやでこいつは俺を酷く気に入ってくれやがったらしく、時々こんな風に、飯に呼び出されたりしているワケだ。何回か抱いてやったくらいで、女房面してんじゃねえよ…ッたく。
「……メシ、食ったのか」
ジャンが大きく首を振る。
「何で先食ってねえんだよバカ!さっさと頼め」
「ジュリオは?」
「同じので良い」
溜め息混じりに言ってやると、ジャンがテーブルの上の室内電話を取り上げて、何事か囁いた。ガチャン、と電話を切ってジャンが顔を上げる。目が合ってドキッとした。……くそ。
「…今日は何か、用かよ」
「あ、…何か用事がないと、呼んじゃだめ?」
「駄目じゃねえに決まってんだろカス!死ね!!」
「ごめんねごめんね」
「謝ってんじゃねえ死ね」
…調子が狂う。俺はポケットから再び煙草を取り出して咥えた。するとジャンがライターで火を点けてくれる。感謝すれば良いところなのに、俺はついつい悪態を吐いてしまう。
「ボスが一兵卒に気ィ遣ってんじゃねえよ。舐められる」
「ごめんね…」
「………いや、いい」
俺は紫煙と溜め息を混ぜて吐いた。ジャンが火を点けたそれを出来るだけ大事に吸いながら、気取られないようジャンを観察する。会ったのは数週間ぶりだが、大して変わっていない気がした。
煙草を丁度吸い終わる頃に料理が来た。お互い大した会話もなく、食事が進む。
多分何を話していいかわからないんだろう、お互い。ともどかしいような苦いような気持ちになる。
「……ドルチェは?」
「要らねえ。甘いもの嫌いなんだよ」
「そうだっけ?」
「そうだよ忘れんな殺すぞ」
俺は料理に目を落としたまま舌打ちした。俺は甘いものが嫌いだ。特にアイスクリームとか。……あれ?
「おかしい」
「何が?」
ジャンが不思議そうに首を傾げた。ジャンがシルバーを使う様子は、まるで貴族のように高貴だ。…まあ、こいつはお坊ちゃんだからな。下町出の俺と違って――……えっ?
「ジャン、……さん?」
「どうかした?」
「………いや、なんつーか」
言いたいことがまとまらなくて、俺は口を閉じた。何か妙な違和感を覚えていた。
「ジュリオ?」
「…………」
「はっきり言ってくれないと、わからないよ」
「…すみ、ません……ジャンさん」
――そうだ。
俺はハッと顔を上げた。すると向かい合う席に、ジャンさんが座って首を傾げている。顔立ちも何もかも、いつものジャンさんだ。
でも俺はそれに、はっきりした違和感を覚えた。………なんだ、そうかあ。
これは、