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鉄の棺 石の骸番外10~石の上の花~

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紆余曲折あってZ-oneたち四人の本拠地になったサテライト遺跡。その風景は、いつ見ても変わり映えしない。
 一時の休息を取りに外に出てみたアポリアだったが、この風景では逆に気が滅入りそうだ。天候がよければ赤茶けた空、大抵は灰色の曇り空。天候が最悪だと、そこらじゅうを一掃する勢いの大嵐が吹き荒れ、外に出るのもままならなくなる。どこまでも広い青空や、荒れた大地を潤すような慈雨などは、ここ数十年お目にかかったことはない。機皇帝軍団の自爆は、人類の文明はおろか、豊かな地球環境さえも全て吹き飛ばしてしまったらしい。
 アポリアがこの地にたどり着いた時は、赤茶けた空に日が沈みかけていた。西日に照らされた巨大なモニュメントの残骸は、恐ろしく不気味で寂しいものだった。あの時の絶望は、今でも心に深く刻まれている。もしZ-oneたちが同時期にサテライト遺跡に立ち寄っていなかったら、今ごろアポリアはどうなっていたか分からない。あの日嘆きの声を聞き取って、アポリアを迎えに来てくれたZ-oneは、アポリアにとっては希望そのものだった。
 アポリアは、住み家にしている建物の外壁に背を預ける。と、視界の端で、白いものが揺れた。
「む?」
 気になって、アポリアは白いものが見えた場所に近寄って見る。建物から少し離れた場所、瓦礫が積み重なった陰に、それはひっそりと生えていた。
「花、か……」
 白い小さな草花が、瓦礫に寄り添うようにして、ぽつりぽつりと咲いていた。あまりにささやか過ぎて、風で揺れでもしなければ見落としていたところだ。
 荒れた土地に養分は乏しい。恵みの雨はなかなか降らず、日光さえも満足に照らすことは少ない。だからだろうか、草花の株は貧弱で、白い花弁もところどころ傷ついていた。
 この荒れた大地にも花は咲く。咲いた花は種を残し、種は地に零れて次の花を咲かせるだろう。だが、人類は。

『私たちは、未来に種を残せない……』

 Z-oneの悔しそうな声音が、アポリアの脳裏に蘇る。
 四人は、先日一つの結論を出したばかりだった。「この絶望的な状況を打開するには過去を改変し、滅亡の要因を根本的に消去しなければならない」のだと。
 最終結論にたどり着く前に、彼らは他に手段がないか試行錯誤を重ねていた。歴史の改竄は、神の領域を侵す行為だ。できれば、時間に手を出すのは最終手段にしたい。人類救済の手段が他にあるなら、何も非人道的な行為を採用しなくてもいいのだ。
 生き残りの捜索、クローンの作製。使える手段は何でも試した。どんな方法でも、人類の血脈を次代に繋げられたら、そこからまた人類を地球上に繁殖させることができるからだ。例え四人がこの世から去っていったとしても、次世代の人間が残っていればまだ希望はある。
 だが、元は近未来都市だとはいえ、数十年前に遺跡と化した都市の設備はお世辞にもいいとは言えなかった。ある程度の設備なら修繕して使えるが、運用に完全無菌を要求する施設は無理だ。それに、仲間内に科学者はいるにはいるが、どちらもクローンなどの技術については門外漢なのだ。街に残された資料をかき集めて参考にしようとも、人類が滅亡した後では資料収集もおぼつかない。
 試行錯誤の末、Z-oneは人類の歴史に手を加えることを決意した。この計画は、人類の破滅に繋がる要素を消去するためのものだ。計画の最中、歴史の改竄に巻き込まれて存在が消滅してしまう物や人間もいるだろう。また、歴史上の事件に介入すれば本来の歴史よりも更に多くの犠牲を出す恐れもある。人類の未来を救う為に過去の事象を犠牲にするこの行為は、人には許されざる大それた行為だ。この計画を実行する四人には、絶対に何かしらの罰が下る。
 それでも、四人には救いたい未来があった。運命から守り切れず、滅亡させてしまった人類の輝かしい未来だ。それを取り戻すのに躊躇いはいらない。
 歴史改竄による人類救済計画。これを実行する為に、手始めに造らなければならないものがあった。それが、四人の本拠地であり、計画の最終兵器でもある最後のモーメント「アーククレイドル」だった。
  
 そもそも、生き残りに女がいない時点で、人類の未来は詰んでいたのだ。アポリアはつくづくそう思う。
 滅亡の日からずっと、アポリアは地球上をさまよい続けた。もしかしたら、地上のどこかに生き残りの集団がいるかもしれないと、ただ黙々と歩いていた。悪天候や獣に悩まされ、その日の糧を得るのに必死になりながらも、アポリアは歩みを止めなかった。
 そうやって数十年の時をかけて、アポリアはZ-one率いる一団と巡り合うことができた。だが、アポリアもZ-oneたちも全員男だ。男同士で子孫は残せない。
 ある程度の設備を得た今ならば、小型の人工衛星でも打ち上げて、もっと隅々まで生き残りを捜索するという手もあるにはある。しかし、万が一別の生き残りと出会えたとしても、子孫を残すのはもう不可能に近い。ここまで来るまでに四人ともこんなに老いてしまったのだ。女性ならばなおさら無理だ。
 もし女性の生き残りが見つかったとしても、アポリアは到底その気になれないと思った。自分の女は、昔も今もただ一人だ。
「……君が生きていてくれたら、少しは希望が持てたのか……?」
 襲来する機皇帝に抵抗し、共に戦った戦友であり恋仲でもあった女性。強くて優しかったあの人は、アポリアにとって何より大切な人だった。お互いに永遠を誓い合っていたのに、機皇帝の攻撃から守り切れずに彼女はこの世を去ってしまった。
 アポリアは白い花を見やる。あのころは、花なんて贈るどころではなかった。花よりも、武器や弾薬やレーションが喜ばれた時代だった。花を贈って喜ばれるような平穏が訪れる前に、彼女だけでなく人類ほとんど全てが地球上から消えていった。もし彼女に花を贈るとしたら、どんな花がよかっただろうか。どんな花だったら、彼女は喜んでくれただろうか。
 機皇帝の自爆という最悪の結末によって、世界は再び平穏を取り戻した。そんな平穏の中で、小さな花に目を向ける余裕ができるとは、何と因果なことなのか。
 そんなことを考えている内、アポリアの耳に、聞き慣れた足音が聞こえてきた。アンチノミーやパラドックスのものとは違う、間隔を開けてカシャンと響く金属音。鋼鉄の義足を着けていてあまり速く走れないその人は、ゆっくりとした足取りで建物から出てくる。
「Z-one」
「――アポリア」
 辺りをきょろきょろ見渡していたZ-oneは、アポリアを見つけると、先ほどよりは比較的早足で歩み寄って来た。
「ここにいたのですか。探しましたよ。……おや、何かあったのですか? アポリア」
「ああ、これをな」
 アポリアは、瓦礫の隅の白い花を指差した。Z-oneはその場にしゃがみ込んでまじまじと花を見つめる。
「綺麗な花ですね。どこかの花壇から零れたものが、ここで芽を出したのでしょうか」
「雑草ではないのか?」
「いつだったか、似たような花を花壇で見かけたような気がします。あの花は、さて一体何という花だったか……」
 首をかしげるZ-oneに、アポリアは気になっていることを訊いてみた。