かみきりむしのゆびきり
その気配の主の名を呼んだエステリーゼ様が、次いできゃあと黄色い声を上げる。「その髪、どうしたんです!?」と問う彼女の視線を追って振り向けば、件の髪を一つに結わえた彼の姿があった。「ん?」ユーリはちら、と僕を一瞥してからポニーテールを揺らして答える。
「さっきまでラピードを洗ってやってたんだよ。その間、邪魔だから縛って……」
「可愛いです!」
言われてみれば、服の裾や毛先が濡れている。ご苦労様、と僕が労うよりも早く、きらきらした瞳で言ったエステリーゼ様にユーリは何とも言えない顔をした。唇の端がぴくりと痙攣している。「……可愛い、か」まあ、男が言われて嬉しい言葉ではないだろう。「はい!」悪気なく、頷く彼女に彼は肩を竦める。すると改めて、こちらを見た。物言いたげな目で、けれどすぐに逸らして。首を傾げた僕にもしっかり聞こえる声で言う。
「やっぱ、切るかな」
「ダ、ダメですっ、ユーリ!」
意地悪に、それだけ言ってくるりと踵を返したユーリの後を慌ててエステリーゼ様が追って行く。昔も今も、素直じゃないけど妙なところで素直な彼に、くすりと笑う。身勝手だと批判しておきながら、その約束を律儀に守ったり、彼女を困らせるようなことを言いながら、両耳を赤く染めたり。髪を結んだ所為で格好を付け切れていない親友の変わっているようで、変わらない背中と髪を眺めて僕はホッと息を吐く。……相変わらずの天邪鬼。
「フレンも、ユーリを止めてくださいっ」
そんな彼には後で直接言ってやろう。僕が、君の髪を好きなんだよ、と。その上で訊いてやろう。ところで、さっきは何に動揺していたんだい、と――…
密かにそんなことを企みながら、僕は、彼女に加勢すべく、その愛しい黒髪へとそっと手を伸ばした。
作品名:かみきりむしのゆびきり 作家名:桝宮サナコ