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かみきりむしのゆびきり

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ばつの悪そうな表情を穴が開く程に見詰める。けれど見れば見る程、あのしなやかで美しい髪を捨てた彼が悲しくて、恨めしくて堪らなかった。
「……美しい人毛は、装飾品や工芸品に使われると本で読んだことがあります」
ぽつりと呟いたエステリーゼ様は、多少なりとも僕に共感してくださったらしい。憂えた顔でのお言葉に頷く。
「特に子どもの髪は柔らかくて利用価値が高いそうですね。……あまり知りたくもないことでしたが」
正直、彼の売った髪が何に使われたのかはどうでもいい。
問題は、彼が彼なりに思い入れのあっただろう髪を売ってしまった事実だ。
『お医者様を呼んだのは君だろう。お金がないから、自分の髪を売って来た。違うかい?』
『………………』
無言の肯定に僕はいよいよ目の奥が熱くなるのを感じた。
『……あの人買いにか。君は、一人で、あの人買いをわざわざ捜し出して会いに行ったって言うのか』
『……いいだろ、髪ぐらい。どうせまた伸び……』
『いいわけ、ないだろう!?』
彼の言う通り、髪はまた伸びる。決して取り返しの付かないものではないし、これで救われる命があるのなら彼の行動は褒められこそすれ、責められるものではないのかも知れない。だけど、僕は嫌だった。僕の剣幕に目を瞠るユーリを見下ろし、両肩を掴んでこちらを向かせる。
「僕のエゴでしかありませんが、仮に今、ユーリが同じことをやっても同じことを言うでしょうね。
僕は、彼が、文字通り自分を切り売りしたかのようで、……許せなかったんです」
幼い頃から自分の身を顧みない親友だった。他の子ども並に我侭は言ったし、ひょっとすると他の子どもよりも手が掛かる子どもだったけれど、熱を出しても倒れるまで言い出さなかったり、怪我をした時には人知れず自分で手当てした挙句悪化させたりしていた。生意気で奔放で普段から大人を困らせていたくせに、変なところで遠慮して、手を煩わせるのを嫌っていた。三つ子の魂百までと言うけれど、今もこの悪癖は残っている。
そう話すと彼女は力強く頷き返した。「……ユーリは、もう少し私達を頼ってほしい、です……」全くだ。「習い性ですね。完全に」同じことを繰り返していれば、身に染み付いて生来の性分のようになる。……本当に、彼を大切に思っている身としては気が気でない。
一喝の後、抱き寄せたユーリは大人しくされるがままになっていた。垂れた頭は肩へと凭れ、利き手だけで縋り付く。彼にしては珍しく甘えているようだった。幾ら強がってみせても、脆弱な子どもにとって大人、しかも人の命を物としか思わない人間相手の商談は随分と神経を磨り減らすものだったのだろう。一段落して僕の元へと戻らず、ベッドへ向かったのも精神的な疲労故か。
黙り込んだ彼を、僕は長いこと抱き締めていた。短くなってしまった髪や、張り詰めた背中を撫でてやると彼の身体から次第に力が抜けてゆく。胸から伝わる拍動がゆっくりとしたリズムに変わって、彼が『……もういい』と言うまで、僕らはずっとそうしていた。
『よくないよ。ユーリ、どうして君はそうやって自分一人で抱え込もうとするんだ』
『うるせーなあ……いいじゃねーか、別に。オレの髪で丸く収まれば』
『いいや、よくないね』
髪だろうが何だろうが、彼一人が犠牲を払うということが気に食わなかったから、そこは譲らない。
彼も頑固だが僕も大概頑固なので、互いの主張は平行線のまま交わらず、睨み合いが続いた。それでも、この時は多少反省していたのか、早くに彼が折れた。いや、ごめんと彼が詫びるのを聞いても引かなかった自分がしつこかったのか。いつになくしおらしいユーリに、絆されそうにはなったけれど。どうせ反省はしていても後悔はしていない、間違ったことをしたとは到底思っていない彼を無条件に受け入れることは出来なかったのだ。
『ユーリ』
この調子じゃ、きっとまた何処かで繰り返す。そんな彼に歯止めを掛けたかった。
頬と髪の間に手を差し入れて見据えた僕に、ユーリはきょとんとして、目だけで言葉の続きを促す。僕は咄嗟の思い付きでそれを口にした。
『今度から君の髪は僕が切る。だから、僕に無断で髪を切ったりしちゃダメだよ』
『はぁ!?』
返事の代わりに上がったのは素っ頓狂な声で。『何だそりゃ。なんで自分の髪切んのにいちいちお前に言わなきゃなんねえんだよ』たちまち眉根を寄せた彼が反駁する。口調は攻撃的だったけれども内容は至極尤もで、当然の反応と言えた。対する僕の言い分は『似合わないから』と、主観を通り越して我侭でしかなかった。
無茶苦茶な理由で以て従わせたあの日の僕を、彼はどう思っただろう。肩の上で切り揃えられたその髪も、言う程似合わないわけではなかったのに。
『今の髪型、全然似合ってないよ。だから……これから君が髪を切りたくなったら、僕に言って。ちゃんと君に似合うようにしてあげるから』
『んな、勝手な……』
『分かった?』
強引に言い聞かせた僕は、つまるところ、何でも一人で決めて一人で背負い込む彼の独り善がりに割って入る余地が欲しかったのだ。
じいっと目を見て、手を取って、詰め寄る僕に根負けしたのだろう。腑に落ちない様子でいた彼も、暫しの沈黙を挟んで渋々頷いた。『分かった』と、雨音に消え入りそうな、それでも僕には伝わる程度の小さな小さな声で。
『じゃあ、ゆびきり』
『……は?』
『ほら、小指出して。ゆーびきーりげんまん、』
『~~うーそつーいたーら、』

はーりせんぼんのーます!

「……そういうことだったんですね」
話している間は何も感じなかったのに、話し終えた途端急に気恥ずかしくなってきて、僕は曖昧な笑みを返した。真正面にはエステリーゼ様の満面の笑みがある。客観的に見れば他愛もない話だと思うのだけれど、面白かった、の、だろうか。お気に召して頂けたのなら良かった、と思うべきなのだろうか。
「……言っておいて、僕はきれいさっぱり忘れていたんですけれど」
一瞬悩んだけれど、自分の為にもそう割り切ることにした。割り切ったついでに、我ながら間抜けな後日談を切り出す。
「えっ」
「この約束から二年後位でしょうか……すっかり髪も伸びたユーリが僕に言ったんです。『髪切ってくれるか』って。僕はまるっきり自分の言ったことを忘れていたので『僕が?』なんて訊き返してしまったんですが、『約束なんだろ』と言われて。そこでようやく思い出しました」
「それで、切ったんです?」
「揃えただけですけどね。……僕もあの髪は好きなので」
それからはずっと、お互いに約束を守っている。
流石に前髪は自分で切っているようだし、そこまでは面倒を見切れないけれど、彼の髪に鋏を入れる度ほんの少しの躊躇と緊張、そしてこの髪は自分に託されているのだという、優越感のような安心感のような感情を抱いているのは僕だけの秘密だ。――それを思うと、切りたいような、切りたくないような。確かに長いし、最後に切ってから大分経つし、と思い巡らせていると、背後に気配が生まれた。良く知った気配は振り返るまでもない。
「……誰が、何を好きだって?」
「ユーリ!」