一緒に醒めない夢の続きを見ようじゃないか
「帝人君」
その声を聞くのは随分久し振りの事だった。
「……折原さん…」
振り返った先にいた彼は最後に会った時と何ら変わりはなく、いつものように笑顔で帝人を見ていた。数ヶ月会っていなかった事が嘘のようだ。
臨也は帝人の元までやって来ると苦笑してみせた。
「臨也でいいのに。たまに呼んでるじゃない」
「……臨也、さん…」
彼の言うように名前を呼べば、臨也は「そうそう」と満足したのか嬉しそうに笑った。
臨也はよく笑うと思う。笑うといっても声を出して笑うという事ではなくて、基本的にいつでも口元に笑みを描いているという意味だ。
けれど、初めて会った頃とはその笑みも違ってきているように感じるのは自分の気の所為なのだろうか。以前そんな事を考えた事があった。
出会った頃の笑顔は言うなれば社交辞令のようなそれで、けれど今は心から笑ってくれている。そう感じるのだ。
「お久し振りです、臨也さん」
「うん、そうだね。それよりごめんね。連絡出来なくて。仕事でちょっと東北の方に行っててさ。何度か連絡してくれてたみたいなのに」
「あ、いえ、大丈夫です。僕の方こそ、何度も連絡しちゃってすみませんでした…」
そう言って頭を下げれば臨也は全く気にしてないようで「そんなに気にしないでよ。俺と君の仲じゃない」と逆に気遣われてしまう。やはり大人なのだなと改めて思った。
帝人は顔を上げると本題に移る事にした。
「それで何かありましたか? 臨也さんがわざわざ訪ねてくるなんて…」
それは帝人にとっては当然の疑問だった。臨也がわざわざ訪ねてきた位だ。余程の用事なのだろう。
しかし、臨也は帝人の言葉に何故か不満そうな表情を見せた。その原因が解らず首をを傾げれば、臨也は少し寂しそうな表情をする。
「用事がなかったら会いに来ちゃいけない?」
「え?」
思わずドキリとした。
「随分連絡取れなかったから元気にしてるかなとか、ただ会いたかったからとか、そんな理由で俺が君に会いに来るのは迷惑?」
「そ、そんな事ないです…!」
よくよく考えなくとも、臨也が帝人の元を訪れる事はよくあった。確かに最近はご無沙汰だったが、出会った当初から臨也はよく大した用事もないのに帝人に会いに来ていた。学校帰りに帝人に会いに来た臨也に夕食をごちそうになったり、帝人ひとりでは行かないような場所に連れて行ってもらったり、とにかく臨也は帝人をよく構った。
正臣の忠告を忘れた訳ではないが、それでも優しくしてもらう度に帝人の中の臨也に対する警戒心は薄らいでいき、今では――――
「なら、いいじゃない」
「……はい…」
今では、好意すら抱いていた。
「まあ、今日は用事があるんだけどね」
先程までの主張は一体何だったのかと思うような変わり身の早さに帝人はパチパチと瞬きをしながら臨也を見つめた。
臨也はそんな帝人にふっと笑い掛けた後、真っ直ぐと帝人を見据えた。
「チャットのログ、見たよ」
「! そう、ですか…」
臨也の言うチャットは帝人が田中太郎として打ったものではなく、帝人が竜ヶ峰帝人として折原臨也個人にだけ残した内緒モードのログの事だ。
「どうして、俺にあんな話をしたの?」
「……内緒モードに書いた通りですよ。自分以外の目にも触れる形で残したかったんです…。臨也さんには迷惑な話だったかもしれませんけど…」
「俺じゃなくたって、君の正体は運び屋だって知っているじゃないか。運び屋にメールすればきちんと形に残るよ? それなのに、君は俺を選んだ。それはどうして?」
「…………」
そこに深い意味なんてなかった。そう言ってしまえばいい。
しかし、帝人は言えなかった。本当は解っているからだ。帝人が臨也を選んだ訳を。
帝人が暫く黙り込んでいると臨也が溜息を吐いた。それにビクリと体が震える。
「…そんな顔しないでよ。別にいじめたい訳じゃないんだ。ただ、前にも言っただろう? 俺は君が心配なんだ」
「臨也さん…」
本当に帝人の身を案じているかのように臨也は心配そうな表情で帝人を見る。
それが本当ならば、その気持ちは嬉しい。けれど、駄目なのだ。帝人はその優しさを受け入れる訳にはいかなかった。
それなのに――――
「だから、ね…」
スッ、と手を差し伸べられる。帝人とは違う長い指が目の前に差し出された事に帝人は困惑した。
「臨也さん…? 何ですか? この手…」
「言ったろう? 俺は君が心配なんだ。だから……君の望みを叶えてあげる」
望みという言葉に帝人の心臓はドキッと大きな音を立てた。ゴクリと生唾を飲み込む。
「望みって……臨也さんに叶えてもらうような望みなんて僕には…」
「帝人君は賢い子だからほんとは気付いてる筈だよ。どうして、君が他でもない俺にあんなメッセージを残したのか。あのメッセージに隠された自分の望みに」
「………………」
「けどね、俺は甘やかしたりなんてしないよ。君が選ばなきゃ意味がないんだ。だから、俺に出来るのはこれだけさ」
それが手を差し伸べるという行為だった。
彼は、臨也は、知っているのだ。帝人が何故臨也にあんなメッセージを残したのか。そして、帝人がそれを認めたくない事を解った上で帝人に手を差し伸べたのだ。
帝人に選ばせる為に。
「……臨也さんは、酷い人ですね…」
「そうだよ。俺は酷い人間だ。だからこそ、安心しなよ」
酷い人だ。帝人が認めたくない事も選びたくない事も知っているのに、認めさせて選ばせるのだ。
けれど、本当に酷いのは彼ではなくて――
帝人の手が臨也の手を取った。
その直後、帝人は臨也の腕の中にいた。
けれど帝人は、抵抗する事なくその腕の中に収まって、そして。
「臨也さん…!」
「うん」
「…っ」
「 」
けれど、本当に酷いのは彼ではなくて。
認めたくないから、選びたくないからと、彼に全てを任せるように縋りついて彼に選ばせようとした自分。
その上、彼を悪者にしてしまう帝人自身の方が余程酷い人間だった。
その声を聞くのは随分久し振りの事だった。
「……折原さん…」
振り返った先にいた彼は最後に会った時と何ら変わりはなく、いつものように笑顔で帝人を見ていた。数ヶ月会っていなかった事が嘘のようだ。
臨也は帝人の元までやって来ると苦笑してみせた。
「臨也でいいのに。たまに呼んでるじゃない」
「……臨也、さん…」
彼の言うように名前を呼べば、臨也は「そうそう」と満足したのか嬉しそうに笑った。
臨也はよく笑うと思う。笑うといっても声を出して笑うという事ではなくて、基本的にいつでも口元に笑みを描いているという意味だ。
けれど、初めて会った頃とはその笑みも違ってきているように感じるのは自分の気の所為なのだろうか。以前そんな事を考えた事があった。
出会った頃の笑顔は言うなれば社交辞令のようなそれで、けれど今は心から笑ってくれている。そう感じるのだ。
「お久し振りです、臨也さん」
「うん、そうだね。それよりごめんね。連絡出来なくて。仕事でちょっと東北の方に行っててさ。何度か連絡してくれてたみたいなのに」
「あ、いえ、大丈夫です。僕の方こそ、何度も連絡しちゃってすみませんでした…」
そう言って頭を下げれば臨也は全く気にしてないようで「そんなに気にしないでよ。俺と君の仲じゃない」と逆に気遣われてしまう。やはり大人なのだなと改めて思った。
帝人は顔を上げると本題に移る事にした。
「それで何かありましたか? 臨也さんがわざわざ訪ねてくるなんて…」
それは帝人にとっては当然の疑問だった。臨也がわざわざ訪ねてきた位だ。余程の用事なのだろう。
しかし、臨也は帝人の言葉に何故か不満そうな表情を見せた。その原因が解らず首をを傾げれば、臨也は少し寂しそうな表情をする。
「用事がなかったら会いに来ちゃいけない?」
「え?」
思わずドキリとした。
「随分連絡取れなかったから元気にしてるかなとか、ただ会いたかったからとか、そんな理由で俺が君に会いに来るのは迷惑?」
「そ、そんな事ないです…!」
よくよく考えなくとも、臨也が帝人の元を訪れる事はよくあった。確かに最近はご無沙汰だったが、出会った当初から臨也はよく大した用事もないのに帝人に会いに来ていた。学校帰りに帝人に会いに来た臨也に夕食をごちそうになったり、帝人ひとりでは行かないような場所に連れて行ってもらったり、とにかく臨也は帝人をよく構った。
正臣の忠告を忘れた訳ではないが、それでも優しくしてもらう度に帝人の中の臨也に対する警戒心は薄らいでいき、今では――――
「なら、いいじゃない」
「……はい…」
今では、好意すら抱いていた。
「まあ、今日は用事があるんだけどね」
先程までの主張は一体何だったのかと思うような変わり身の早さに帝人はパチパチと瞬きをしながら臨也を見つめた。
臨也はそんな帝人にふっと笑い掛けた後、真っ直ぐと帝人を見据えた。
「チャットのログ、見たよ」
「! そう、ですか…」
臨也の言うチャットは帝人が田中太郎として打ったものではなく、帝人が竜ヶ峰帝人として折原臨也個人にだけ残した内緒モードのログの事だ。
「どうして、俺にあんな話をしたの?」
「……内緒モードに書いた通りですよ。自分以外の目にも触れる形で残したかったんです…。臨也さんには迷惑な話だったかもしれませんけど…」
「俺じゃなくたって、君の正体は運び屋だって知っているじゃないか。運び屋にメールすればきちんと形に残るよ? それなのに、君は俺を選んだ。それはどうして?」
「…………」
そこに深い意味なんてなかった。そう言ってしまえばいい。
しかし、帝人は言えなかった。本当は解っているからだ。帝人が臨也を選んだ訳を。
帝人が暫く黙り込んでいると臨也が溜息を吐いた。それにビクリと体が震える。
「…そんな顔しないでよ。別にいじめたい訳じゃないんだ。ただ、前にも言っただろう? 俺は君が心配なんだ」
「臨也さん…」
本当に帝人の身を案じているかのように臨也は心配そうな表情で帝人を見る。
それが本当ならば、その気持ちは嬉しい。けれど、駄目なのだ。帝人はその優しさを受け入れる訳にはいかなかった。
それなのに――――
「だから、ね…」
スッ、と手を差し伸べられる。帝人とは違う長い指が目の前に差し出された事に帝人は困惑した。
「臨也さん…? 何ですか? この手…」
「言ったろう? 俺は君が心配なんだ。だから……君の望みを叶えてあげる」
望みという言葉に帝人の心臓はドキッと大きな音を立てた。ゴクリと生唾を飲み込む。
「望みって……臨也さんに叶えてもらうような望みなんて僕には…」
「帝人君は賢い子だからほんとは気付いてる筈だよ。どうして、君が他でもない俺にあんなメッセージを残したのか。あのメッセージに隠された自分の望みに」
「………………」
「けどね、俺は甘やかしたりなんてしないよ。君が選ばなきゃ意味がないんだ。だから、俺に出来るのはこれだけさ」
それが手を差し伸べるという行為だった。
彼は、臨也は、知っているのだ。帝人が何故臨也にあんなメッセージを残したのか。そして、帝人がそれを認めたくない事を解った上で帝人に手を差し伸べたのだ。
帝人に選ばせる為に。
「……臨也さんは、酷い人ですね…」
「そうだよ。俺は酷い人間だ。だからこそ、安心しなよ」
酷い人だ。帝人が認めたくない事も選びたくない事も知っているのに、認めさせて選ばせるのだ。
けれど、本当に酷いのは彼ではなくて――
帝人の手が臨也の手を取った。
その直後、帝人は臨也の腕の中にいた。
けれど帝人は、抵抗する事なくその腕の中に収まって、そして。
「臨也さん…!」
「うん」
「…っ」
「 」
けれど、本当に酷いのは彼ではなくて。
認めたくないから、選びたくないからと、彼に全てを任せるように縋りついて彼に選ばせようとした自分。
その上、彼を悪者にしてしまう帝人自身の方が余程酷い人間だった。
作品名:一緒に醒めない夢の続きを見ようじゃないか 作家名:純華