一歩前進ってことで!
そういえば誕生日だ。目の前でもじもじと恥ずかしそうにしている恋人を見て、帝人は思った。
やると思った、と。
3月21日といえば、竜ヶ峰帝人の誕生日である。今年は三連休の最後の日ということもあって、恋人で同棲中の臨也がとても張り切っていることも知っていた。朝から晩まで一緒にいられるね!ときらきらの笑顔だった恋人を見て、かわいいなあとほんわかしてしまった帝人である。前日の夜もいそいそと料理の仕込みに余念がなく、ホールケーキを焼いている姿も実に微笑ましかった。
帝人は思った。よくできた旦那さんをもらったな僕は、と。
正臣当たりがここにいたなら、あれはどう見ても嫁だろうと言いそうだが、そんなことは帝人が言わせない。誰がなんと言おうとも、あくまで帝人が嫁希望、それは公言してはばからないので譲らない。
だがたしかに、現時点でより乙女的思考回路を持つのは臨也の方だと、帝人だってちゃんと理解していた。
だから一応、どんなことが起こってもいい覚悟はしていたんだ。
……覚悟だけは。
しかしまさか本当にこんなベタな事をしてくれるとは。帝人はため息を付きつつ、とりあえず目の前の恋人にどうツッコミを入れるべきか真剣に考えて、考えて、考え抜いた末に面倒になったので直球ストレートを投げる。
「臨也さん、一応ききますけどそれは?」
指さした先には、揺れる赤いリボン。
まあ察しの良い人間ならばすぐに思い至ったであろう。それは臨也の髪の毛に丁寧に結ばれているのである。似合わなくはないけれど、さすがに青年男性に赤いリボンは少々、痛々しいというか、なんというか。
そんな姿で臨也はしどろもどろに、
「え、えっと、その、妹たちが……」
と非常に言いづらそうに答えた。最後まで聞かずとも、内容は自ずと分かる。
やっぱりな。
帝人と臨也の関係に、やたら協力的な臨也の双子の妹たちが入れ知恵をしたことは予測していた。してはいたが、まさか臨也がそれをうのみにするとは思わなかった。
どこかで我に返ってくれるはずだと、楽観視していた自分を責めるべきか、それとも我に返らなかった臨也を責めるべきなのか。先回りしてそう言うのはいりませんよ、と言っておくべきだったのか。
だが、全ては遅すぎた。
もうすでに、リボンを頭にまいた臨也が目の前に居るのである。
そして恥ずかしそうに、言った。
「こういう時は自分にリボンを巻いて俺をプ・レ・ゼ・ン・ト!が一番だって……!」
さて、どうしてくれようかこの乙女を。
帝人は腕組みをしつつ、全力で引きつる頬を懸命に落ち着かせる。おかしいな、臨也は確か最初から最後まで旦那さん希望だと主張してやまなかったはずでは?それなのにその台詞を自分から口にしてもいいのか。
自分をプレゼントするって、普通、『私を食べて』的な意味合いではないのだろうか。僕はあくまでも嫁希望なんですけれども臨也さん、と帝人は思う。
もしかして、押し倒されたかったりするんですか?と。
「帝人君、気に入らない?気に入らなよね!俺なんか貰っても「で?」って感じだよねわかってるんだわかってたんだけどあの二人が絶対にこれが一番だからって、きっと帝人君も喜ぶとか言うから……!」
つい、言われるままに、と。
すでに泣きそうになっている臨也が、羞恥心で真っ赤になりつつ視線を落とすのを見ながら、帝人は思った。
気に入らないか気にいるか、の二択であるならば、そりゃ、気に入る方だ。ようやくそういう事に踏み出す勇気が出たのか、と思えば多少感慨深い。だが。
しかし!
「なんで、貴方がそれをやってしまうんですか」
ため息をつきながら帝人は、臨也の頭のリボンをするりと外す。
「正直、臨也さんならこれをやるかなって、思ってはいましたけど」
「読まれていた!」
「でも臨也さんなら踏みとどまってくれるかもって期待もしてたのに……」
「期待されてた!?え、ご、ごめん!」
でもなんで?という顔をされて本気で困った。いや、察して欲しいんですがそのくらいは。
帝人はじっと臨也を見上げて、それからはーっと大きく息を吐くと、そのリボンを自分の首にかける。そして臨也の服の襟元をもつと、ぐいっと引き寄せた。
ちゅ。
二人きりの静かな家に、響き渡る軽い水音。
「……っ!」
一瞬呆けた後にがっと赤くなった臨也が顔を隠そうとする姿を見上げ、帝人は改めてため息をもう一度ついた。
「これは、僕がやろうと思ってたんですけど」
「は、あ?」
これ、と帝人が指さしているのはリボンである。
もちろん、リボンをかけて「僕をプレゼント」をやりたかったのだ、臨也の誕生日に。だってそうでもしなければ、いつになっても手を出してくれなさそうだったから。
言われた意味を臨也が理解するまでに、数秒を要した。そして理解した臨也がみるみるゆでダコのようになっていき、口をパクパクさせるのを見て、帝人は首を傾げる。
「なんですか臨也さん、僕は要らないとでも?」
「いる!いります!欲しいです!」
「では、臨也さんからのプレゼントは、これ以外でお願いします。やり直し」
なんども言うが、帝人は一応嫁希望。
旦那様にと望んだ相手が乙女だと、こういう時にちょっと困る。
「え、あの、でもやり直しって……デートに行って、好きなの買ってあげるとか?」
うわあ彼氏っぽい!とちょっとときめく臨也に、そう言うのじゃなくて、と帝人は首を振る。せっかくの誕生日、二人きりじゃなければ意味が無い。
「僕、欲しい物あるんですけど、くれますか?」
首をかしげた帝人に、もちろんだよ!と臨也、ぐっと手を握りしめる。
「何がいいの、何でも言って!」
意気込むその顔ににっこりと微笑みかけ、帝人はきっぱりと告げた。
「キスマーク」
一瞬の沈黙。
「き、す?」
何を言われたのか理解できなかったのか、臨也がオウム返しするのに、もう一度ゆっくりと繰り返す。
「キスマークです」
「き、きすまーく!?」
がたん!なぜか焦った拍子に帝人から遠ざかろうとして一歩下がった臨也が、テーブルセットに足を思いっきりぶつけて「ぎゃあ」と呻く。
そんな臨也に帝人はもう一歩距離を詰め、両手を伸ばして臨也の顔を包むようにすると、ぐいっと無理やりこちらに向ける。
「僕、臨也さんにキスマーク付けて欲しいんですけど」
ほほえみは悪魔の微笑。
「え、う」
と混乱する臨也に、有無を言わせぬ追撃が放たれる。
「何でもいいんですよね?何でも言って、っていいましたよね?」
「い、言いました」
「キスマーク、つけ方わかりますよね?」
「わ、わかります……」
「なら簡単ですよね、ほら、この辺に」
「ぎゃああ帝人君なんてこと!その白い肌は目の毒というんだよ!はだけさせちゃダメ!」
「何を今更」
っていうかはだけるってほどはだけてない。ちょっとシャツのボタンを外しただけで。
普通は鎖骨のあたりに付けるものなんだろうな、とか考えつつ、帝人はとん、と自分の鎖骨より少し下の皮膚を指さした。
「上の方だと見えちゃうかもしれませんし、このへんで」
さあどうぞ。
微笑みを向ける帝人に、臨也はうろたえたような顔をしつつ、手をかけて、引っ込めて、もう一度勇気を奮い立たせて手をかけた。
キスマーク、だと?
やると思った、と。
3月21日といえば、竜ヶ峰帝人の誕生日である。今年は三連休の最後の日ということもあって、恋人で同棲中の臨也がとても張り切っていることも知っていた。朝から晩まで一緒にいられるね!ときらきらの笑顔だった恋人を見て、かわいいなあとほんわかしてしまった帝人である。前日の夜もいそいそと料理の仕込みに余念がなく、ホールケーキを焼いている姿も実に微笑ましかった。
帝人は思った。よくできた旦那さんをもらったな僕は、と。
正臣当たりがここにいたなら、あれはどう見ても嫁だろうと言いそうだが、そんなことは帝人が言わせない。誰がなんと言おうとも、あくまで帝人が嫁希望、それは公言してはばからないので譲らない。
だがたしかに、現時点でより乙女的思考回路を持つのは臨也の方だと、帝人だってちゃんと理解していた。
だから一応、どんなことが起こってもいい覚悟はしていたんだ。
……覚悟だけは。
しかしまさか本当にこんなベタな事をしてくれるとは。帝人はため息を付きつつ、とりあえず目の前の恋人にどうツッコミを入れるべきか真剣に考えて、考えて、考え抜いた末に面倒になったので直球ストレートを投げる。
「臨也さん、一応ききますけどそれは?」
指さした先には、揺れる赤いリボン。
まあ察しの良い人間ならばすぐに思い至ったであろう。それは臨也の髪の毛に丁寧に結ばれているのである。似合わなくはないけれど、さすがに青年男性に赤いリボンは少々、痛々しいというか、なんというか。
そんな姿で臨也はしどろもどろに、
「え、えっと、その、妹たちが……」
と非常に言いづらそうに答えた。最後まで聞かずとも、内容は自ずと分かる。
やっぱりな。
帝人と臨也の関係に、やたら協力的な臨也の双子の妹たちが入れ知恵をしたことは予測していた。してはいたが、まさか臨也がそれをうのみにするとは思わなかった。
どこかで我に返ってくれるはずだと、楽観視していた自分を責めるべきか、それとも我に返らなかった臨也を責めるべきなのか。先回りしてそう言うのはいりませんよ、と言っておくべきだったのか。
だが、全ては遅すぎた。
もうすでに、リボンを頭にまいた臨也が目の前に居るのである。
そして恥ずかしそうに、言った。
「こういう時は自分にリボンを巻いて俺をプ・レ・ゼ・ン・ト!が一番だって……!」
さて、どうしてくれようかこの乙女を。
帝人は腕組みをしつつ、全力で引きつる頬を懸命に落ち着かせる。おかしいな、臨也は確か最初から最後まで旦那さん希望だと主張してやまなかったはずでは?それなのにその台詞を自分から口にしてもいいのか。
自分をプレゼントするって、普通、『私を食べて』的な意味合いではないのだろうか。僕はあくまでも嫁希望なんですけれども臨也さん、と帝人は思う。
もしかして、押し倒されたかったりするんですか?と。
「帝人君、気に入らない?気に入らなよね!俺なんか貰っても「で?」って感じだよねわかってるんだわかってたんだけどあの二人が絶対にこれが一番だからって、きっと帝人君も喜ぶとか言うから……!」
つい、言われるままに、と。
すでに泣きそうになっている臨也が、羞恥心で真っ赤になりつつ視線を落とすのを見ながら、帝人は思った。
気に入らないか気にいるか、の二択であるならば、そりゃ、気に入る方だ。ようやくそういう事に踏み出す勇気が出たのか、と思えば多少感慨深い。だが。
しかし!
「なんで、貴方がそれをやってしまうんですか」
ため息をつきながら帝人は、臨也の頭のリボンをするりと外す。
「正直、臨也さんならこれをやるかなって、思ってはいましたけど」
「読まれていた!」
「でも臨也さんなら踏みとどまってくれるかもって期待もしてたのに……」
「期待されてた!?え、ご、ごめん!」
でもなんで?という顔をされて本気で困った。いや、察して欲しいんですがそのくらいは。
帝人はじっと臨也を見上げて、それからはーっと大きく息を吐くと、そのリボンを自分の首にかける。そして臨也の服の襟元をもつと、ぐいっと引き寄せた。
ちゅ。
二人きりの静かな家に、響き渡る軽い水音。
「……っ!」
一瞬呆けた後にがっと赤くなった臨也が顔を隠そうとする姿を見上げ、帝人は改めてため息をもう一度ついた。
「これは、僕がやろうと思ってたんですけど」
「は、あ?」
これ、と帝人が指さしているのはリボンである。
もちろん、リボンをかけて「僕をプレゼント」をやりたかったのだ、臨也の誕生日に。だってそうでもしなければ、いつになっても手を出してくれなさそうだったから。
言われた意味を臨也が理解するまでに、数秒を要した。そして理解した臨也がみるみるゆでダコのようになっていき、口をパクパクさせるのを見て、帝人は首を傾げる。
「なんですか臨也さん、僕は要らないとでも?」
「いる!いります!欲しいです!」
「では、臨也さんからのプレゼントは、これ以外でお願いします。やり直し」
なんども言うが、帝人は一応嫁希望。
旦那様にと望んだ相手が乙女だと、こういう時にちょっと困る。
「え、あの、でもやり直しって……デートに行って、好きなの買ってあげるとか?」
うわあ彼氏っぽい!とちょっとときめく臨也に、そう言うのじゃなくて、と帝人は首を振る。せっかくの誕生日、二人きりじゃなければ意味が無い。
「僕、欲しい物あるんですけど、くれますか?」
首をかしげた帝人に、もちろんだよ!と臨也、ぐっと手を握りしめる。
「何がいいの、何でも言って!」
意気込むその顔ににっこりと微笑みかけ、帝人はきっぱりと告げた。
「キスマーク」
一瞬の沈黙。
「き、す?」
何を言われたのか理解できなかったのか、臨也がオウム返しするのに、もう一度ゆっくりと繰り返す。
「キスマークです」
「き、きすまーく!?」
がたん!なぜか焦った拍子に帝人から遠ざかろうとして一歩下がった臨也が、テーブルセットに足を思いっきりぶつけて「ぎゃあ」と呻く。
そんな臨也に帝人はもう一歩距離を詰め、両手を伸ばして臨也の顔を包むようにすると、ぐいっと無理やりこちらに向ける。
「僕、臨也さんにキスマーク付けて欲しいんですけど」
ほほえみは悪魔の微笑。
「え、う」
と混乱する臨也に、有無を言わせぬ追撃が放たれる。
「何でもいいんですよね?何でも言って、っていいましたよね?」
「い、言いました」
「キスマーク、つけ方わかりますよね?」
「わ、わかります……」
「なら簡単ですよね、ほら、この辺に」
「ぎゃああ帝人君なんてこと!その白い肌は目の毒というんだよ!はだけさせちゃダメ!」
「何を今更」
っていうかはだけるってほどはだけてない。ちょっとシャツのボタンを外しただけで。
普通は鎖骨のあたりに付けるものなんだろうな、とか考えつつ、帝人はとん、と自分の鎖骨より少し下の皮膚を指さした。
「上の方だと見えちゃうかもしれませんし、このへんで」
さあどうぞ。
微笑みを向ける帝人に、臨也はうろたえたような顔をしつつ、手をかけて、引っ込めて、もう一度勇気を奮い立たせて手をかけた。
キスマーク、だと?
作品名:一歩前進ってことで! 作家名:夏野