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踊りませんか次の駅まで

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 パーキングエリアのあたりはぽっかりと何もなく、暗闇の中でその建物だけがやたら浮いて見える。一月の空気のせいか白い明かりに照らされるとより冷気が増すような気がした。車もまばらな駐車場へ戻る前に栄口はもう一度『デート』の意味を確かめたくて、水谷のジャケットの裾をつかんで問い正してみる。
 「オレとお前でデートってどういうこと」
 「え? オレら付き合ってるじゃん」
 「知らない」
 「この前言った」
 「聞いてない」
 続く押し問答に水谷はくるりとこちらに向き直り、栄口の目をきちんと見つめながら言う。
 「オレは普通に栄口のことが好きだけど」
 「普通って」
 「アイラブユーだよ、あいらぶゆー」
 水谷の吐いた白い息があっという間に溶けて闇になじむ。
 「オレはお前が本当にわからない……」
 栄口があからさまに難色を示すと、珍しく少し難しい顔をした水谷がぼつぼつと気持ちを語った。
 栄口はただ深刻ぶってるだけだろ。「どうしようどうしよう」って悲劇的な自分に酔ってるのは楽だよな、考えなくてもいいから。悩むことと考えることは違うんだぜ。「お前にオレの気持ちはわからない」って突っぱねてもいいよ。オレはずっと、ちゃんと、考えてるよ、栄口のこと。
 そこまで朗々と言い放ち、唖然とする栄口へ水谷はとどめを刺した。
 「だって栄口はオレのこと好きだろ?」
 「バーカ、うぬぼれんな」
 「あれ? オレの思い違い?」
 「……うぬぼれるなって言ってるだろ」
 そんなに簡単に好きだなんて、とてもじゃないけど栄口には言えなかった。あと半年で三十になる。素直さもまっすぐさも全部相手にぶちまけられるだけ若くない。臆病になったわけじゃなく、知り過ぎただけ。知識が、勘が、思い込みが、自分を守るために全力で邪魔をしてくれる。無駄に外側の鎧ばかり厚くなってがんじがらめの今は身動きすらし辛い。
 水谷は怖くないのだろうか。オレは怖い。失敗したくない。傷つきたくない。そして、傷ついたことを相手に知られたくない。……それはとても惨めだろう? きっと耐えられないくらいだろう?
 行く先にはぬらりとオレンジ色が伸び、家まであとどれくらいかかるのかわからない。逆算するのも面倒だった。水谷の顔はまっすぐに道路の先を向き、助手席から栄口はぼんやりとその横顔を眺めていた。黙っている分には同性の自分から見ても水谷はとてもかっこいいと思う。少なくとも栄口よりは一本筋の通ったきれいな性格をしている。もし栄口が女だったら放って置かないだろうに、どうしてここずっと水谷の横には誰一人いないのだろう。
 栄口に気がついた水谷が、視線はそのままに口元だけにやりと笑ってこう言った。
 「シチューくらいオレが作ってやるよ」
 月曜日の自分の『シチューの作れる奥さんが欲しい』という笑い話を水谷がしっかりと覚えていることに面食らった。なぜ水谷がシチューを作ってくれるのか、そもそも水谷にシチューなんて作れるのか、次々に疑問が湧いたが、いちいち難癖をつけるのは野暮だろうと栄口は流した、その提案は悪くない。
 「いつ」
 「次の休みだから、多分来週の木曜」
 木曜日、おそらく仕事帰りに栄口は水谷の部屋へと行くのだろう。その時電車に揺られている自分がどんな表情をしているか想像してみると、変なところから可笑しさがあふれてくる。悪くない、悪くなさすぎる。
 本当は思い通りになるのが怖かったのかもしれない。栄口は水谷が好きで、水谷も栄口を好いてくれている。それはすごくリスクを伴うようで手放しに喜べなかったのだ。
窓の外では、遠く、岸沿いの工場の明かりが点々と暗い海へ落ちている。水谷が緩いカーブへゆっくりハンドルを切ると、淡く線を引きながらたくさんの光がざわりと揺れた。それはまるで、間近で小さな銀河を見せられているようだった。
作品名:踊りませんか次の駅まで 作家名:さはら