踊りませんか次の駅まで
金曜の夕方になって突然水谷から連絡があった。事務所から出てすぐだったので栄口はそのタイミングの良さに驚いた。あれよあれよという間に水谷に言い包められ、何だか知らないうちに車は高速道路を走っている。
水谷の車はほとんど他人といってもいいくらいの知り合いから譲ってもらったもので、車の趣味と女の趣味は似るという謂れを引き合いによくからかっていた。「水谷はきっと見合い結婚だ」と栄口が言うと、「絶対嫌だ」と恋愛至上主義の水谷は激しく否定するのだった。
そんなやりとりも遠い。水谷はどこへ行くのかも、何をするのかも語らず、ただ前を向いて運転している。そうなると助手席の栄口から声を掛けるなんてできなかった。
今週は月曜日から本当にハードなことばかり起こっているから、金曜日にはもう疲れ切っていて、高速道路の照明灯が規則正しく自分の横を過ぎるのを見ていたらついウトウトと眠くなってしまった。
次に目を開けたときもまだ高速道路上だった。寝起きでかすむ栄口の視界へ、聞いたことはあるけれど、実際は一度も行ったことのない地名が入る。一気に覚醒してしまった。水谷は一体どこへ向かっているのだろう。
「……水谷、千葉に何しに行くんだよ」
「ちばっ?」
「ここ千葉だよ、多分千葉に入りかけだよ」
「オレお台場行こうと思ってたんだけど」
「それって逆だ……っつーか高速で道間違うなよ」
「乗ってれば着くと思ってたんだけどなぁ」
このまま千葉の奥の奥へと連れられる前に気づいてよかったが、栄口は水谷のスポンジ脳を一発殴りたくなった。強く叩いたってどうせすぐ元どおりになるだろう。
すぐ先のパーキングエリアにとりあえず車を停め、現在位置を確認してみるとやはり埼玉から随分遠くまで来てしまっていた。自動販売機で買った缶コーヒーの甘さで目がチカチカするけれど、紛れもなくここは千葉だ。水谷はといえば缶コーヒーに口をつけたまま隣で呆然と、ほんとに千葉じゃん、と改めて言ってのけた。
「お台場でさ、どうしたかったわけ」
「栄口とデートってできるかなぁって思って」
夕飯もまだだったから無性に腹が減っていて、高速を降りてどこか探すのも面倒なので、ここで食べてしまうことにした。水谷はいつものように一番奇怪なメニューを頼み、出てきたのはわかめが異様に盛られたラーメンだった。栄口のごくごく普通なかけそばとの対比が激しい。
「お台場でデートってベタすぎね?」
わかめを貪る水谷へと文句を口に出してはじめて、問題はそこじゃないことに気づいた。
「ベタなことしたほうがデートっぽいかなって」
「……ちょっと待てよ、デートって?」
「だってオレ正月休み今日までだから」
話は全く噛み合っていなかったけれど、これ以上水谷と会話を続けるのはせっかくのそばが伸びてしまいそうで栄口はいったん話をやめた。
作品名:踊りませんか次の駅まで 作家名:さはら